不器用さんの幸せエッセイ集

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劣等感とどう向き合うか?


 

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#朝日#夜明け#ブログ

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#秋#ススキ

 

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#八ヶ岳#秋#山#自然#写真#森#木#苔

 

上の写真は今年の秋のお山の様子。

八ヶ岳遊歩道を歩きました。

 

ここから下は去年の同じ場所。

撮影は9月始め頃⬇︎

 

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Yの字に横たわるこの木も

今年秋の上の写真だと、もっと地面に近く横たわっていて

キノコが生えてました。

 

 

 

 

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#秋#夏#季節#変化#滝#自然#写真

 

季節は変わり変化し続けて、私達を飽きさせない。

 

 

 

 

タイトルの話しをすると、

私は過去に自分がファッションや写真について

少し学んだことがあって

 

今はそれとは全然違うことをしてるし、住んでる場所も移して

都会からは離れている。

 

先日、学生時代にお世話になった先生から突然連絡が来た。

 

「みんなで集まりませんか?」というようなお誘いだった。

 

 

今や写真を続けて活躍してる人達の中に

私が入っていることがなんだか疑問だった。

と同時に

 

私の中で今の私について

自分が猛烈な恥ずかしさや、劣等感や、今の自分に何もないと思う気持ちが

込み上げて来た。

 

いつもならそんな気持ちを抱えたままで

その人達の中に入って行こうとする気は起きなかったけれど

 

色んなタイミングが重なっている偶然と

連絡をくれた嬉しさを信頼することにして

このやりとりの中に入ってみることにした。

 

何も残せない。何もできない。何もない。

 

久々のやり取りは、そうゆう私を自分自身に感じてくる出来事だった。

いたたまれない気持ちと、

もしかしたら場違いなんじゃないのかという不安と。

 

私は最近起こってくる出来事に

自分がこの年齢になるまで

自分に何も残せていないという現実を見て

げんなりしていたこともあって

 

そうゆう最近の自分の反応や感情と

〝大人になりなさい〟という言葉が

切り離せなかった。

 

私のウィークポイントとも言えるこの反応に

大人になりきれない自分を嘆いていたし

自分はダメなんだと

自己否定にエンジンがかかった。

 

だからこの手のことを書いてると

恥ずかしい自分を晒してる感覚に陥ってしまうパターンがあった。

 

でもそれは

いつも誰かの目を気にしていることから始まっていた。

他者から見られているという方に全力で意識は持っていかれる。

恥ずかしさって

相手あってのもの。

 

本当に見なければならないのは

痛んでる心の方。

それが出る機会を人は選べないけれど

出て来たなら、気にするのは

他者の目じゃなくて

自分で今感じてるヒリヒリするようなその感情の方。

 

 

今は、あまり自分を恥ずかしいとは思わなくなったのは

今までして来た経験や、見て来たものがちゃんと美しかったから。

自分の経験には替えがきかなかったな。

 

好きなものが無くなったように見えたり

自分には力が無いと、弱さに途方に暮れてたりもしていたけど

 

実は好きなものは一貫してるし

力がないことにしていた気がする。

 

行為は同じであっても

心の内側で

自分の痛みや弱さやしてる反応に

厳しい手を緩めていくと

 

その行為の意味合いさえ変わってしまう。

 

だから外側でやってることは

もしかしたらあんまり関係ないのかもしれなくて

 

どんどん行動に起こしてみて、そこで自分の中に何が起こるのか

見てみるだけでも

それが価値のようにも思えてくる。

 

だから、傷付くことや劣等感とか怖いと感じる機会を

これからは大切にしていきたい。

 

行為にかける想いの質を変えると

生きることは楽しくなるのかもしれないから

 

自分が受け入れがたいものの方に寛大になれた時は

その質も変わるように思う。

 

 

生きることや経験そのものや

相手の存在のことや地球での営みのことや…

 

それら外側のことを通して

自分がどんなことを感じているのか?

 

存在を楽しむ為に

上手な選択ができたらいいな。