不器用さんの幸せエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

素直になるほど、自分の弱さが見えてくる

「寂しい?」

そう聞かれて

 

最初は寂しいってどうゆう事か、慌てて考え始めようとしていて

寂しいってどうゆう感情?とか聞こうとして

そうやって複雑にしようとした。

 

今更、寂しいって言うのが恥ずかしくて

そう言えなかったし、認めてこなかったのかもしれない。

 

あの時、死に切れなかった私を抱きしめようとする母親を受け入れられず

その優しさがとても怖かったのは覚えていて

 

ずっと、「寂しい?」という質問の答えは

「そんなこと言えない」と言うのが正解だった。

 

素直に寂しいよと、人前で晒せることは

甘えなんかじゃなかったと

今更初めて知った気がして

 

寂しさをずっと抱えていたから

当たり前に自分は寂しい人間だと思っていたけれど

実はそうじゃなかった。

 

いつも悲しがっていてはいた。

だから涙もすぐに出てきた。

 

でもそれは、もしかしたら

悲しいと寂しいを混同してしまっていたような気がして

まるで引きこもりみたいに

悲しみの殻に自分を閉じ込めて

 

抱えた寂しさを誰かに察して欲しくて

誰かに優しくして欲しくて

 

素直に欲しいって言えないから、ひねくれて

悲しみを盾に

寂しさをどんどん奥の方に追いやったのかな。


それはきっと、甘えてはいけなかったからかもしれない。


可哀想な自分になって

人の気をひこうとするのは

母に頭を撫でてもらいたくて、泣いたふりする子供と同じだった。

 

大人になった今

そうしても、別に構わないけど

それだとずっと文字通り寂しいかなって

今の私は思ったよ。

 

今の私は、またいつもみたいに意固地になって

誰かに私の寂しさを察してもらう為に

可哀想な人をやり続けるか?

 

それとも止めて、

幸せな人であり続けるか?

 

今目の前がどんな状況でも

どんな自分として関わっていくのか?

 

 


「私は寂しいです。本当はとても弱くて

抱きしめて欲しいって普通に思う。」

 


自分の寂しさをずっと認められなかった。

強くなるために

甘えは許されなかったけど

そうやって強さを手に入れて結局愛されたかった。


でも、本当は寂しさが私には当たり前にあって

こんなにも近くにあって

ただ、見ることができなかった。

 

それで「私は寂しい」と

あえて自分で自分に言ってみた。

 

そしたら不思議なのだけど

自分の中の封印してきたキャラクターが許された気がした。

 

私の中に寂しさがあって、弱い人間だって認めたら

傷付かないで済むようなことはもう、

止められるんじゃないかな。

だって弱ければ、傷付くのは当然だから。

 

自分が傷付かないように、相手を傷付けないように

優しさを使う必要もなくなりそうな予感がする。

 

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