幸せのためのエッセイ集

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グラウディング続き(性のことから恋愛まで)

haruradio.hatenablog.com

 

上の続き。

 

グラウディングのことで

指摘されたことがもう一つあって

 

それは

『私の頭の上に管みたいに出てて

そうやって上と繋がりっぱなしだと

結構思考がまとまらなかったり、

ぽーっとするんだよね。』

今まさにこんな感じ。


今までずっとはっきりと目的があった。

 

苦しくて抜け出「したい」

死に「たい」

逃げ「たい」

 

認められ「たい」

自立「したい」

人より優れて「たい」

お金を稼ぎ「たい」

雇われずに働き「たい」

 

それを有る意味ではやりきってきた過去。

その「たい」を

私はずっと叶え続けてきたわけで。

 

最初のほうの死にたいとか逃げたいとかは

自分の感情から逃げていた時に出てきた欲求

後の認められたいとかお金とかは

自分で自分の価値を認められなかったり

否定していたり

そのまんま、ありのまんまの自分でいることに

価値なんてないからという理由で

欲しがっていた欲求

私は小さい頃から結構エゴがたくさん有って

それが強い子供だった。

 

私の両親は真面目に丁寧に私を育ててくれたから

私は抑圧がとても上手にできる子に育った。

 

悪いものには蓋の人生。

 

感情を感じることを許さない1番最初の出来事は

性的なことがきっかけだった。

 

何かいけないことをされているけど

なんだかよく分からない。

こんなに幼いのに

それでも「感じてしまう」という罪悪感が

小さくても育ってしまったのが始まりで

状況的にも見事に「感じてはいけない」という

シチュエーションだった為に

それは絶対のルールになったし

 

あの経験から自分の存在そのものが恥という意識が

自分のそのまま、ありのままを

認めることを絶対に許せなくなったのだろうと思う。

 

感じることって

種類違うと思いきや
ここが1番大元な気がする訳で

怒りとか悲しみとか喜びとか種類は色々だけど

感じるって実は平等なんじゃないかと思う。


感じる事の大元である

性的なことを汚らわしく扱って否定的に捉えると

存在そのものを否定しやすいし

認めることが難しくなる。

 

汚らわしいって厄介だし

お金も似てるとこある。

 

(ちなみに、私はそこに気付いて

最初はとても嫌な思いを自分に感じながら

あえて取り組んだことというのは

自分なりにあるけれど。性もお金も自分がその汚れになるってことかな。)

 

恥や羞恥心は自分でも気付かせないように

自分で隠すから

 

恥だから隠したいって無意識の理由で

自分でもなぜ死にたくなったり
自己否定が強かったり

なぜこんなに自分で自分を苦しめるのをやめられないのかが

とにかく分からなかった。

 

分からないと言いながらも

欲求のままにそれらをやり切ったからこそ

今こうして書けるまでに

自分のやってきたこと一つ一つに

ちゃんと理由があることも分かったし

 

そんな過去さえ

もうこれも私だからなぁという

諦めというか

所詮こんなもんだよね、みたいな普通でいられるようになった。

 

だから欲求はどんなものでも

やってみることで自分なりの理解はやってくると思ってる。

 

でもそれはしくじりの人生で遠回りの人生だし

とっても疲れるわけで。

でもそれもやっぱり私だからだろうな、という所に

行き着いてしまう。

 

ここまで書いておいてなんだけど

これも私という人間の視点からの解釈でしかないから

そうゆうことにしてるだけで

そうゆうことにしてると納得できるからだし

自分が生きやすく都合がいいからなんだと思う。

 

 

それで今は、こんな以前と何も変ってない自分に

何も問題がなくて

この自分で、何も変わらない自分に安心があるのが

前と違うだけ。

前はそこを責めまくって、自分で攻撃してたから

苦しかっただけ。

 

それでも最近また一つ自分が自分に対して

自己否定してることを見つけて

それは上にも書いてきた自分の過去に

由来するのだけど

 

今でも恋愛経験ってほとんどなくて

どうして恋愛できないかということとが

もしかしたらこれが理由か?と思うことがあって

 


それは自分が自分に対して

「気持ち悪い」と思ってること。

誰かを想う時にいつも出てくる自分への気持ち悪さ。


こんな風に考える自分

あんな風に反応する自分

心が先なのはもう分かってる。

身体で反応も分かってる。

 

でもその全部を頭で気持ち悪がってる。

自分の欲求に関して気持ち悪がってる。

求めることを気持ち悪がってる。

 


例えば、

 

一緒にいたい

触れたい

もっとこうしたい

ああしたい

ああなればいい

こうなればいい

でもあれは困る

それは、いわゆる妄想だけど笑

 

心、身体から(今)

いつの間に頭に移行していて(過去、未来)

 

私はよく

心と身体を

頭で力強くねじ込もうとするから

最初から無かったことにしようとする事を

全身で始めるのだなと。

 

ここでグラウディングの話しに戻すけど

私は、そうやって心と身体を

上手に優先できない。

 

こと恋愛に関しては

一生懸命、慌てて妄想して

取りに行こうと頑張ってみたこともあったけど

上手く行かないのは

恋愛モードの自分が既に「気持ち悪い」という臭いを纏ってて

それをベースに頭で闇雲に行動に走って

結局最後に自分でやったことや想いを

全身全霊で蓋する結末になったりする。


それは、自分のどうしたいがはっきりないから。

 

結末に嘆いてうだうだ

ネガティヴな感情に浸ってるのも

行動はしても覚悟が無いから。


自分の気持ちの始末を自分で取ろうとしないから。


ここが結局グラウディングできてない所じゃないかと。

自分の行動、誰のせいにもできないよね。


今の私の頭の上に管の状態って

身体を見ないで

未来や過去やイメージや妄想を見てること。

 

心が感じることに理由はないから

世間とか一般とか社会とかからずれることなんて

普通って思った方がいい。

 

こんなこと考えたり思ったりする自分酷いって

もしそうゆうの出てきちゃったら、有るなら

一旦認める。

 

でもその心で想うことを頭で誤魔化すと

自分でやってることなのに

自分で選んでるに

当事者意識全く無くなる。

 


だから、今の自分はどうしたいか?を考えたうえで

自分の心や身体の今を無かったことにはせずに

 

この心で思ったことは嘘じゃないなら

その上で自分がどんな風に行動して行くのがいいのかを

頭と相談して決めていけばいい。

 

進むや、やるのがいいわけじゃないし

やめるのが悪いわけじゃない。

 

自分で決めてみる。

 

頭は心や身体で感じたことをなかったことにする為に

あれこれ未来や過去やイメージを見ようとする場所じゃなくて

 

今の自分のそのままを見て

気持ち悪いと思うなら

そんな気持ち悪い自分がいることを許可した上で

行動を考える場所のような気がする。

 

 

例えばダイエットだって

痩せた誰かの身体の写真をイメージしてるだけじゃ痩せないし

 

私はどこかイメージに逃げてるかも。

 

美しく踊ることも

美しく踊る誰かをイメージしてたけど

ちゃんと自分の体や指先の角度を

鏡でしっかり見ないと。

 

自分の身体の不完全で

美しくないなと思うところも見ないと。


今の自分の身体を、ここまでという身体の硬さを見ないと。

 

でもそれを否定するのではなく

ただそれであるってこと。


完成のイメージは大事だけど

まず今の自分の技量を知らないと。


そうゆう事実を見て

でもそれを貶さなくていい。


グラウディングってそうゆうことかな。

 

 

 

グラウディングのアドバイスをありがとう。

 

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