幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

グラウディングの方法。

 

私はいつも空ばかり見る。

 

綺麗だからだけど

あの空をただ見てるのだろうか?と

この前空を見ながらふと思ったりした。

 

今なら入道雲を見れば、ああ夏だと思ったり

雲の形を見ては似てる何かと重ね合わせたり

 

鳥や、花や、木や…

その大半は情景として眺めてる時間が長いような気がした。

それは、絵本や映像やテレビや

そうゆう過去の何かの記憶と

今見てる目の前の風景を無意識に重ね合わせたりして

 

あの空をただ見るって

もしかしたらただ見てることなんて

少ないかもしれないと

ちょっと訳のわからないことを考えていた。

 


体験は感情とセットで

どんな感情と目にするものがセットなのか

それは快か不快かと一緒に記憶されてく。

 

だから外側の風景で以前の記憶に近いと

その時の感情が湧いたりする。

 

あの時のセットをまた掘り出すみたいに。

この人苦手みたいな。 

桜の時期なんて特に。

 

そうやって目にするもので気持ちが蘇る。

 

 

風景もただ見てないのだから

人なんてどれ程にただ見る事が出来ないのだろうと思う。

あの人のあれが良い

この人のこれは良くないとか

 

そして、私という存在に関しても

どれだけ良いや悪いを判断して

振り分けて自分という存在を見ているのだろう。

 

私のここがダメ

私なんて…と

そんな風にずっと頭を空にして

目の前の風景を

目の前の人を

そして自分自身を

ただ見る事はない気がした。

 

 

ここからグラウディングの話し。

 

 

グラウディングは私からすれば

現実をしっかり生きるという事で

別に特別なことでもなくて

 

それは自分の意思で

自分の現実を選んで、作って

それは自分の存在を無駄にしない為に

必要な力のようなものだと

今の私は思っている。

 

 

最近、言葉でこうするといいや、ああするといいと

アドバイスをもらったりしていて

でもそれが物では無い時は

自分の方法が、これでいいのかよく分からなかった。

 


今までは何かを得る為に動いていて

ああなりたいとか、欲しいという欲求

常にあって

向かう場所のようなものがあった。

前の方がアドバイスに執着していたし

常に苦しかった。

 

今はそれが薄れていて

苦しみはないけど

ものすごく曖昧な感じを自分に感じる。

強さがなく、力がなく、迷うことが多く

これがいいというよりも

何でもいいという事が多くなった。

 

首の皮一枚とか細い糸で繋がっているような頼りなさを

もう去年末からずっとやっている。

 

現実を動かすという力が湧かずに

それが今の自分には危機感のように感じているけれど

それさえも曖昧という言葉で流されてしまいそうで

少々困っている。

 

今の自分にとって

何かを達成したいという明確な欲求はなくて

達成したいその何かが

よく分からず

 

今は与えられているものをあまり拒む事もせず

受け取っているような生活だったりする。

欲しがっていた時より

有り難いことに、こんなにしてもらって良いんですか⁈みたいに

私の元へやってきていたりはするけど。

 

エネルギッシュで

自分のしたいことに人を巻き込んで行くような人の側にいる今だけど

でもそれができるのは

今の私が自分の意思の力を信じてないからのような気もする。

 

前のような私なんかが…っていう申し訳なさはなくなって

受け取ることに抵抗がなくなって

こんな私でも受け取って良いって言えても

すごく自分には力がない。

 

 

受け取るだけは全然エネルギッシュじゃない。

 

 


前と違うところがもう一つ。

有る事に感謝をするという事。

自分の身体がちゃんと機能していることから

感謝出来るようになった。

 

不満を探すより

今ある環境や人から

有り難さを探すようになった。

 

以前はこうしなければ、ああしなければと

しなければの応酬を自分の中でやっていた為に

ストレスフルだった。

 

グラウディングが出来てないという指摘は、もう前からの事だけど

その中で印象に残ってる話がひとつある。

以前、A4の白い紙の上に好きな絵を描いてと言われた際に

真ん中を境に

上だけにしか絵を埋められなかったのを思い出す。

それも極端に上は鮮やかで、下が空白。

その空白は描けないといった感じだった。

 


自分の事なのに、こんな言い方するのもあんまりだけど

 

自分ではどうする事もできないと

心の奥底で思ってる表れとして

自分の今の選択がある気がしてならない。

 

 


それで、グラウディングとしてもらったアドバイスが何だったのかと言えば

地球と繋がってエネルギーもらうと良いという事だった。

それをするのに

地球と繋がるイメージをしながら瞑想すれば良いと思っていた。

 

上が派手で根のないような空白の私がやる事として

私は常にそうゆうイメージを作り上げていて

それがない、何もイメージしない事が

出来なかった。

 

ただ座る、ただ見るが出来ない。

そして空っぽでいる事が実は怖いということに気付かせてもらった。

 

だから常に考えを網のように張り巡らせて

イメージを沸かせて

どこからかやってくるであろう、変化球のような流れ弾にも

対応できるように構えている感じというか。

 

 

それで考えない事の怖さって

足の付かない深さの海に

浮き輪無しみたいな恐怖と似てて

 

これって、力抜くことが前提にないから

誰かのサポート無しだと自分では気付けないと思った出来事だった。