幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

好きなものを追う成れの果て

ずっと普通になりたいと思っていたはずなのに

その普通を誰よりも嫌っていたなんて

 

普通で居ることが

みんなと同じように過ごす自分が

個性が無いことが

普通の中に埋もれてしまうことが

恐ろしくて仕方なかったなんて

 

私であるという強烈な個性を欲しがるのは

みんなと同じ背丈で居ることから

抜きに出たいからで

自分の中で考えてるその強烈な個性だと言えるような何かが

「ただ、それしたい」

なのかどうなのか。

 

ただ何の変哲もない自分で居ることに

こんなにも居心地が悪いなんて。

 

特別であるということへの執着や憧れから

私にする自己否定にまず気付かない。

 

好きなことをやれてるとか、雇われず働くとか

自由であるとか、知っているとか、稼げるとか

私であるという強烈な外見や職業や趣味や容姿や…

欲しくてたまらなかった。

 

 

 

今までしてきた、起こしてきたことの全て

 

強烈にネガティブでいる為の行動さえ

自分で起こしてきたんじゃなかろうか。

過去さえ忌まわしく設えて特別に。

 

例えば、無意識に悲劇的な結果を望むことも

上手くいかない人生のことも

そうやって悲劇として扱って

やれ誰のせい、自分のせい、この性格が、社会が、ルールが

あれはマズい、どうしたら?

 

考えて、考えて

 

でも 

全てが私は特別なんだと叫ぶ為には

そんな風にして複雑に騒ぐのが1番だって。

悲劇やネガティブの方が

どこかで簡単に私であることを主張できると

ふんだからじゃないか。

 

 

ここは何もなさ過ぎて

みんな特別じゃなく、当たり前だとよく言うけれど

 

当たり前も見ず知らずのよそ者からすれば全てが新鮮で

でも当たり前の人からすれば

この生活こそが普通で。

 

そこに癒しもさほどなければ、感動もないと思ってる誰かがいれば

そこに癒しと感動があると言う人がいる。

 

何もないと書いたものの、

あり過ぎて、把握できない。

 

鳥の声もあの空も

明日も聴けるし見えるだろう。

でも今日と同じ景色はこの先1つもない。

自然に飽きるなんてまだ経験がないのは

その変化のせいだろう。

その在り方で私も生きていたい。

 

 

 

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#野辺山#ブログ更新✴︎今はなんだか抜け殻みたいなんだ

 

 

今の私の心や頭の中が

モヤモヤになる理由は

 

何も残せず、結果も出せず、情熱を生きることもなく、

自分の足で立ってる気もせず、好きなことが何だったか見失って、

ただ流れるように

何の変哲もなく時間だけが過ぎていくのを

許せないからで

 

私でなくても

誰かが私の代わりを生きられるような人生が

 

嫌いだったし、受け入れ難かったし

 

そうなってしまうことが

ずっと怖かったんじゃないかって。

 

そんな自分を認めて受け入れたら

私は特別なんだと言えるものが

何にもなくなってしまうからね。

 

私が消滅してしまうもんね。