幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

行動が実らないのはね…

髪を自分で切って

そしたら鏡の前の自分は

普通で、オーソドックスで、なんの変哲も無かった。

 

今まで個性的なモノに憧れてオシャレを目指していて

自分的完璧を求めて来たんだなと

 

それはただ楽しいとか好きなことと自覚していただけのはず

でも今、どこかで優越感があったことを

鏡の前のなんの飾りっ気のない自分を見ながら

見つけた気がした。

 

 

そう言えば、この前ナリくんの講演会に行った時も

そうゆう外見の話をしていた。

 

見ていたこっちが痛くなるくらい

ピアスを顔のあらゆる部分にいくつも着けていて

髪もピンクに染めていた頃があったナリくんは

あの講演会では

着物を来て舞台の上で話していた。

 

私にもひとり外見が派手な友人がいた。

彼女は出会った中で1番謙虚で、真面目で、とても腰が低く

丁寧な人だったが

外見は口にピアス、髪も金髪で

宛らパンクバンドでもやってるような印象だったから

その外見と性格のギャップには

最初驚かされてた事を思い出した。

 

 

なぜそんなド派手な外見で飾っていたのかという話をナリ君がして

 

それは彼曰く、そうやって派手な外見にしていれば

そっちに話題や注目がいって、

自分の内側に触れられることがないから

というような話していた。

 

ナリ君は過去の経緯をそうやって人に話せるまでに自覚していて

でも、今それをやってる本人(私も含め)

自覚があるかどうかは分からないと思った。

 

着飾るという事が喜びからなのか

それとも守る為なのか

というのを聞いて

 

何にもない自分は

容姿も含め

ありのままでいられない理由を

気付かないまま

日常の隅々まで及んで演じたり、付け加えなければ

素の自分として過ごせないのだなというのを

実感した。

 

 

自分の好きなものさえ

本当の心の欲求ではない可能性がある。

 

自分を疑えよとは

その欲求は本物か?という質問で

 

今まで私は沢山の欲を出して来た際に

自立や、稼げる自分や、知識があることや

お洒落であることや、

必要とされる、頼られる、愛される、何かが出来る、もしかしたら写真でさえ…

 

結局はそのどれも、自分の心からの欲求ではなく

この世の中から自分以外誰もいなくなったとしたら

自分の中にあるそういったいくつもの欲求

いかに無意味なものかを知るのだろうと思った。

 

だからそんなものばかりを追いかけて来た私と言えば

今、少し途方にくれた感じがする。

 

絶望まで行かないけど

何だったんだろうか?みたいな感じ。