fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

受け取ることを許可できない理由

自転車に乗りながら過去のある出来事を不意に思い出してました。

 

それは、今まで買ってもらったもののことです。

 

例えば学費も習い事も

それは親からすれば手元には残らない出費のはずで

私からすれば、そこにお金をかけてもらってることに気付きづらいことで

 

その他にもたくさんのお金が子供の私のかけられました。

 

その中に洋服がありました。

その中に机がありました。

 

そしてこの2つは

買ってもらったうちのほんの一部ですが

今なぜが思い出されて

後悔するものだったりしました。

 

後悔するのはなぜか?

それは思い入れがあったからだと思います。

 

あの頃洋服への想いは執着でした。

強欲ってこうゆうことかと思うほど

あの時はその都度物が手に入らないときの引き際の悪さが残ってました。

 

その時に買ってもらえた洋服は

私が着るにはもったいないと思いながら

つまりそれに憧れながら

遂に買ってもらえたのです。

 

でもその時の感情は、嬉しいという1つではありませんでした。

自分の強引さと申し訳なさと手に入った嬉しさが100%の中に混じり合ってました。

だからなぜかすごく複雑でした。

周りの顔色を伺ってました。

買わせてる自分という獣がチラついてるようにみえました。

 

そしてもう1つは机のことです。

 

特注で作ってもらったものでした。

私はその机を全く活かせませんでした。

 

自分のやりたいことの為に使いやすいようにと

与えられたものでした。

 

私がこの机の上でやっていたことは

生産的なことではなく、破滅的なことでした。

 

 

愛から与えてもらったものを

私は愛ではないもので返していました。

 

だから今でもその事を思い出すと

悲しくなります。

 

与えてくれた事が虚しくなるほど

それを活かせない自分がいると。

 

でもそうして悲しんでいる一人芝居は

もうそろそろ終わりにしたくて

 

強欲な自分を

自分のわがままを

そして何も残せない自分のままで

生きてもいいことにしました。

 

残念ながら、それが消えるわけじゃないと知ってしまったから。

 

 

母は与える事が喜びだったと言ってくれました。

母や父は与えることで

完了していました。

 

その後の期待などきっと

私が私にするほどなかったと思います。

 

自分の与える喜びの為に

そうしたくてしてくれてました。

 

色んな理由をつけて

それを私が素直に受け取れなかっただけでした。

 

 

 

 

 

古い物を見る度によぎるんです。

あの頃、私の近くにあった思い入れのある物の事を。

 

 

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古い物をを見ていて蘇る物のこと#ブログ更新 #古市

 

 

まぁ、人間だから

仕方ないんですけど。