幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

お金を稼げない理由

 

今まで学んできたことを、今度は誰かに提供しようと

お金を払って受ける側でいる事から、提供する側へまわろうと

そう思ったのは、最初は単にその資格が与えられたからで

それでお金が稼げるなら

雇われずにいられる自由や大きく稼げるかもしれない欲から

安易に始めたように思う。

 

好奇心や流れから、なんとなく始めた。

 

それをやってみたら、気持ちが折れそうで、折れそうで…

仕方なかった。

 

コレが起業なんて大それていて、とても言えないけど

やろうとしてる事はそれに近い。

副業かもしれないけど。

 

起業しても、失敗することがほとんどと言われている。

自分がやってみても、そう思った。

だって折れそうで、折れそうで

なのだから。

 

辞めたくもなる。

続かないのは苦しいから。

 

でも苦しくなければ、行動など起こせない。

 

それが辞めるであっても、続けるであっても。

 

続ける事は未知で

辞める事は見慣れた風景で

 

どこかでそう思っていた。

 

 

 

自分の欲を諦めずに取りに行く事を繰り返してから

欲しいものを我慢せず、買い続けてみたり

やりたいけどできないことをやってみたりを繰り返して

そうやって我慢をやめてみてから

私はやっと自分を受け入れ始めた経緯があった。

 

 

ただし、欲しいものを取りに行くと、必ず嫌な感情も付きまとった。

 

欲しいものを買えば、お金は無くなるし

それはハラハラするし

誰かに打ち明けなければならないというハードルがあったり

やりたいことをやるのも、勇気や緊張が伴った。

 

欲を許す時、セットになるのは

そうゆう揺さぶりだった。

 

欲から始めた、お金を稼ぐというのは特に

揺さぶり祭りだった。

しかもその揺さぶりが半端なくでかかった。

 

今までは我慢が当たり前の生活の逆をやるのだから

未知の領域だった。

恐れがつきものなのも当然だった。

 

恐れについて

目を開けても何も見えないくらいの暗い空間は足を一歩踏み出すのも怖いという経験をした時に

恐怖はそうゆうものなのだと思った。

 

そして過去の痛みから守ろうとする為に

恐怖して守るのだから。

やっぱり恐怖は機能だった。

 

 

恐怖や苦しみまみれの自分が珍しく安定の時間を過ごせていた時があった。

あんなに苦しんできたのに、それが続けばいいとは思わず

もしこのままこの時間が続けば

心が緩やかに死ぬだろうという別の恐怖を体験した。

 

それは然程強いものではなかったけれど

危機感を伴っていたのは覚えてる。

恐怖ではなく危機感だけだったかもれない。

 

当時の私は、お金の為に自分に出来る仕事をして

自分がしたいことは休みの範囲でたまにできて

余暇を好きなカフェやショッピングで終わらせて

身が入らない仕事がスタートしていくという毎日が続くことに

疑問というか心の空虚を見た。

 

今思えば、とても贅沢なのかもしれない。

 

 

「ただ生きることは、こんなにもかけがえのないことなのに」

 

 

その時は何も残せない自分も、普通の自分も、許せなかった。

稼げないことも、自立できないと思っていることも、できないことがダメというのも…もっと色々あるけど

とにかくそのままの自分に許可などできなかった。

 

 

特別でいたかった。誰かより勝りたかった。

 

そう思っていた事をひた隠しにしながら、

そのままでは劣っているからダメという自分を元にしてるから

誰かより上であることや勝ちの発想しかなかった。

 

今のこんな私ではいけないから、変わりたいという欲が

私を安定ではない方に向かわせた。

 

でもそれは茨の道だった。

 

その欲が

誰かや何かよりも上でなければいけないからだった。

 

 

お金を稼げないのは、続けられないから。

お金がついてこないにせよ

ただ続けられない理由は

誰かとの比較や他人の目や偏見に自分が晒されていて

それに耐えられなかったから。

 

私が自分の欲を取りに行く過程で出た揺さぶりは

お金を稼ぐことが「卑しい」人のすることだという認識を持っていたり

自分の好きなものを自分優先で買うというのが

「わがまま」であったり「欲張り」であったり

「傲慢」であったりを自分に感じて

しかも稼げないとなれば、惨めさが出て

そんな自分になることが耐えられなかった。

 

sale会場で見る早い者勝ちで1つのものを奪い合う姿や

1つしかない物を分けることなく自分のものにする独り善がりや

そうすることを禁じられて子供心に傷付いた過去から

欲深さは悪になってしまった。

 

そして、お金と物に見る人間の欲深さに
自分だけは違うと言いたかった。

 

 

一体自分はどっちでいたいのだろう?

 

自分が人よりも美しい心を持ってると良い人主張したいのか?

 

それとも

 

1番最初に書いた、学んだ事を今度は誰かに提供する側になって

何やってるかわからないけど、稼いでるみたいになりたいのか?

 

もっと突っ込むと、そのやりたい事の裏にどんな想いでそうしたいのか?

 

その機会を通じて自分は何を感じたいのか?

 

最初はお金を稼ぐ事を好奇心や流れでそうし始めたと書いたけれど

 

でも、どうしてそれを選んだのかといえば

苦しんだ過去をずっとやってきたからで

 

その苦しむ時間は短い方がいいからだし、

みんなで幸せになればいいのは決まってるからだった。

 

生きやすい方がいいし、その方がスムーズだし

楽しいからだった。

 

苦しみを知っているから

まだそうしてるなら、そんな必要はもうないと言いたかったからだった。

 

そうゆう想いを伝えたい方が良い人をやるよりも優っていた。

それは情熱に近い。

 

それに気付いた時

誰にも見つけられなくても

誰かよりも劣っていようが、優ってなかろうが

ただ続ける選択ができた。

 

言い換えればそれが覚悟って言えるかもしれない。

 

欲しいものをがむしゃらに取りに行く姿に醜さを感じて

遠巻きにそのがむしゃらな人を見下していたのも

優越感からだった。

 

お金を稼ぐことに躍起になる人を

頑張ってる人を

見下してた。

 

自分ががむしゃらに取りにいけないのは

自分が「卑しい」「わがまま」「欲張り」
「傲慢」を嫌うからだった。

 

でも、それを嫌う時点で

自分にそれがあるのを認めてないだけだった。

 

あの人を見て、あんな人ダサいだとか、醜いだとか判断する時点で

自分にもそれがあるって事だった。

 

あの人を見て、違和感。

この人を見て、嫌悪。

 

そうゆう時点で自分にもそれがあって、それがある事を強烈に批判してるから出る「違和感」や「嫌悪」

 

そうゆう気持ちが出る事が実は自己否定からだった。

 

自己否定だって気付き難い、自己否定。

 

だってそれ認めたら、自分の醜さを認めることになるから気付かない。

そうゆう醜さがただあった。

それがありのままの自分だった。

 

 

自分のやりたい思いや欲求には

自分の心からの内側の欲求

自分の外側を守ろうとする欲求とがあって

 

心からの欲求を優先するなら

外側を守る欲求は諦めなくてはいけなくて

 

外側を守る欲求を優先するなら

心からの欲求は諦めなくてはいけなくなる。

 

どっちが良いとか悪いとかではなくて

どうしたいか?ってことなんだと思う。

 

 

頑張らなくていいってよく聞くけど

それが心からの欲求なら頑張れよだった。

 

 

それで今の自分が稼げるようになったからこうして書いてるわけじゃないし

 

ただ以前と違うのは、稼ぐことへの執着がだいぶ落ちているというのは言っていい気がしていて

 

それは稼ぐ事やお金の有無が、自分の存在と何ら関係ないからで

 

「ただ生きることは、こんなにもかけがえのないことなのに」

 

という生きているこの命への尊さのようなものを感じてきてるから。

 

今までならきっと稼げてないのに結果も出てないのに

こうゆう事を書くのが怖かった。

でもそれは結果を残せることが重要で価値があり

そう出来る自分が重要で価値があると思ってきたからだった。

 

だからそんなことができないのに書いてるなら

意味がないと思っていた。

 

でも、今の私にとってはそこが一番ではなかった。

それよりも

存在の方が重要だったことに気付いたから。

 

息ができること、見えること、聴こえること、味わえること、動かせること、良いことも悪いことも感じられるということ、作り出せること、生み出せること…

 

あげればきりがない。

 

それが可能なのはこの地球の上だからで、この地球が見せてくれているもの。

 

 

今生きているという事は同時に与えられてるという事。

 

 

どの選択をとっても間違いではなかった。

 

苦しまないように、傷付かないようにする選択は繰り返してきたから

今度は苦しんだとしても楽しみたい、傷付いたとしても喜びたい。

 

その為に、どんな風にどんなことでそうしたいのか?

どんな自分がいいのか?

 

例えば、会いたい人に会いに行く為にお金を使いたい今があって

それは自分もそうなりたいからで。

 

最近そうゆう欲にお金を使ってる。