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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

不幸せな母ではなく、私より全然幸せな母だった話し

実家に帰って

両親と久々にゆっくり食事をしました。

 

私は家族といる時に

こんなにリラックスしたことがなかった

というのを

この場に来て初めて知りました。

 

多分、小さい頃から母や父の顔色をずっと伺っていたからだし

だから家族という場所に安心ができなかったのだと思います。

ずっと家族を信じることができなかったんだなと、改めて思います。

 

家族から何か酷いことをされた訳でもなく…と言える今、

それは過去の捉え方が全く変わった証拠のようです。

(実際何もされてないし、愛されてしかきてませんでしたが)

 

自分がずっと家族のせいにしていた、ということに気付けたのは大きいし

自分がずっと家族をジャッジしていた、ということに気付けたのも大きいです。

 

家族のせいで私は不幸だと言ってた自分に気付いたきっかけは

お金からでした。

 

そこから、いつも根底にあった

「あんな人達にはなりたくない」という思いを抱えていた事に気付いたのでした。

 

両親を尊敬できないってどこか悲しいと知りながらも

心はそう思えないのだから仕方ないと諦めていたのですが

 

 

全部、自分でしてる事でした。

 

 

離れた場所で自分にそうゆう心の変化があってから

再び家族と会った時に

初めてぽそっと「幸せだな」と言えました。

やっと言えたというのが、本当だと思います。

 

 

 

帰る日の朝に家族で喫茶店のモーニングをしに行きました。

 

私の横でスポーツ紙を広げる父は

母と娘の会話なんて、聞いているのかどうか今でも謎ですが

 

私が1番生きるのを放棄していた頃の話しを母と話していました。

 

私は外で倒れていたらしいのですが

その辺は記憶になく

その後、どなたかが私を見つけてくれたらしいのですが

 

人が倒れているのを発見して

その後、その人物と関わろうとする人っているのかしら?

というのが私の率直な感想でした。

人気のない場所で人が倒れてるなんて、悪い連想をするにはうってつけなのに。

 

だから、私を助けてくれた人は未だどなたかは分かりませんが

私にはそれは当然だと思ってきました。

 

母いわく、警察に提出された名前も連絡先も架空のものだったようです。

 

ここからは母から見た世界の話しなのですが

お礼などを用意していた母にとって

相手が連絡先を残していなかったのは拍子抜けしたそうです。

 

でも、そのことが母にとってはとても感謝というか、思いやりを感じてきたそうです。

 

私を見つけたあの人もきっと誰かの親で

自分の子供を想うときの親心から、自分の身元を明かさなかったのでは?と

今も思ってきている事を話してくれました。

 

私を助けた誰かは

母にとっては「感謝と思いやりの人」で

私にとっては「人と関わりたくない恐れの人」として

それぞれの中に存在していました。

 

私、助けてもらっておいて

未だにそんな風に人を判断していたことに

もうどうしようもなさを感じたし

これが私の前提なんだと思いました。

 

「人との関わりを避けようとする恐れる人たちばかりの世界」

 

この違いを知った時に

母は私よりも全然幸せを生きてる人だったし

母を見ながらなんとなく

幸せを生きることを頭で考えることが

虚しく映るというか

母はコントロールしてない人だったから。

 

でもそんなどうしようもない自分を知っても

そのどうしようもなさをどうにかすることではなくて

その自分で自分の好きなことしようと思う今があります。

 

全ておかげさまとしか言えない今しかなかった。

人を信じられず疑いで生きていたとしても。

 

そうやってこんな私でも生かされてて

だから生きてていいんだって

思えた出来事でした。

 

でも正直いうと、これを書いてから

もやもやし出してるんですけどね。

 

自分と母との関係。

 

私から見たこの世界のお話し。

 

生きている限り多分グレーなものは出続けるけれど

 

今が円満であるなら

過去とかは、懐かしむおつまみくらい

本当にもういいのだとも思うから。