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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

口癖が現実を作るって本当だった話し。親と子の関係。

 

前回の続きになります。

 

haruradio.hatenablog.com

 

 

 

当たり前にそれを疑う事なく

 

「母が不幸」

 

だと思ってきました。

 

当たり前だと思ってる事って疑えないから

今でさえ、私の中には要らない思い込みは沢山あると思います。

でも今回は、その要らない思い込みの1つを見つけたので

ここに残しておくことに。

 

その外側に出たときに始めて

いかにそれが不自然だったと気が付けるのですが

中にいるときは分からない。

 

でもそこで慌てなくてよくて

そんな今の自分

例えばサイテーって思えるような自分でいると

自覚することが先かなと思いました。

まずは自覚するだけでいいと思ってます。

その次はサイテーって言わないでみる、なんだと思います。

 

 

 

それで、

私がなぜ母をそんな風に思っていて
それが普通だと思ってきたのか?

 

 

信仰を持つ両親の元で生まれた私は

小さい頃から、その信仰の教えを

育てられる中で教えられてきました。

 

在り方を「こうだ!」と何度も示されてきました。

 

父が口癖のようによく言っていたのは

「これは絶対だ」

「勝たなきゃダメだ」

というのをよく覚えていて

 

母は

「これは幸せになる為だから」

 

ということを

何度も聞かされてきました。

 

今回特に母のことを取り上げる理由は

父のことに関しては

受け入れられない過去がずっとあったのは事実ですが

シンプルに今はもう何も思うところがないからです。

(そのうちまた出てくることがあれば書きますが)

 

 

それで、

母の口癖と信仰について

私はまんまとひっかかっていました。

 

ずっとその信仰や組織に嫌悪感がありました。

それは例えば信仰に対する社会的に悪いイメージも影響していました。

 

信じることがコントロールされている、であったり

盲信が相手に迷惑をかける、であったり

 

この辺は、信じることが素直にできない理由に繋がっているとは思います。

 

実際自分が相手から迷惑を受けていたという過去があって

でも今は、その認識は薄れてきています。

 

あなたは私に迷惑をかけている、と言いたかった私の為に

周りがあったのだなと思います。

その人達を引き寄せていたのは

私だったから。

 

あの時は全力でひたすら相手のせいだと叫びたかった。

だから、それが叶っていたと思います。

 

 

それで母からよく聞いていた

「これは幸せになる為だから」

という言葉の裏にずっと

じゃあ、母は幸せではないんだという認識が生まれていました。

 

もうごくごく自然に。

 

だから不幸な母の娘である私は可哀想な子供でした。

 

不幸が最初にあった。

 

母という命の始まりを

子供の私は不幸でスタートするような連想ゲームで

世の中を見渡すようになっていました。

 

 

私の不幸というフィルターを通されて入ってくる母の話は

全て不幸に映りました。

母に幸せを感じる余地が私には全くといっていいほどなかったのですが

今思えば、私によって不幸に変換されただけのようでした。

 

母は母なりに人生を歩み、自分の意思を貫き

その中で楽しみを見出し、母なりの人生を歩んできた。

母はしっかりと自分の生きたい人生を、母なりに謳歌してました。

そしてその中で感じた喜びは母だけのものです。

 

私が母の不幸で、私にその責任があるように思って来ましたが

私はきっかけではあっても

核心にはなれない。

母の主導権は私にはなかった。

 

そして両親を見て私は

あんな風にはなりたくないと、

ずっとどこかで思って来ていたことも思い出しました。

 

判断して来た相手が、私を産んで育てた両親だったなんて

この時、そんな風に思ってきた自分の心の貧しさに

本当に不幸だと思った。

 

 

ずっと被害者をやっていた私の加害者は

両親や信仰だったし

でも、そうやって

あなたのせい、何かのせいを

吹っ掛けていたのは私の方でした。

 

みんなすでに

自分のしたいことしかしていなかったことに

やっと気付いた時に初めて

相手の人生もまた素晴らしいと言えるのだと思いました。

 

だから今は両親の生き方もまた

かけがえのないものだったと言えます。

それも1つのカタチなんだと。

 

 

お互いに求め合うものは違います。

母が私に求めるものは確かにあります。

そして私もありました。

でもそれは決して交わることはないと今は思います。

 

子供と親の関係こそ、肉体を通して繋がりの深さを前提に考えてしまうけれど

でもやっぱり違うのだと今は思うのです。

 

ずっと答えようとして来たんだと思いますが

答えられないのが当然でした。

私がしなければ、与えなければ母は満たされないと

その責任のようなものを感じて来ましたが

それは私には出来ないことでした。

 

出来ないんです。

母の喜びは母が作っているから。

 

そして私も同じように作っています。

自分を満たせるのは自分しかいないんだと

改めて思いました。

 

私の喜びを母にはきっと理解できないことだと思います。

母の喜びを私は理解できないのと同様に。

 

でもそれは寂しさなんかではなく

だたその違いを知っていればいいのだと思います。

 

 

私は始まりをどんなものにするのか?

 

そして口癖はどんなものにするのか?

 

これからをどう過ごすのか?

 

全部自分で決めてきたんです。

 

過去も今もこれからも。

 

 

 

 

 

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#松本城#桜