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日々のこと

fantasiaの為の研究ブログ

どうすれば?ともがくのはもうやめて、自分の今をやり尽くしてみたら

 

 

ずっと写真を撮っていた過去があった。

 

haruradio.hatenablog.com

 

 

 

なぜか突然降って湧いたそれに没頭した。

子供の頃は踊ることや何か物を作ることが好きだったのに、

なぜか急に写真に走った。

 

夜間の学校に通い、それからスタジオに勤めたり

仕事もそれに携わっていた。

 

それはとても苦しい期間だった。常に何かを追いかけてる時間だった。

 

あの頃の写真は感傷的なものばかりだった。

人を撮ることはほとんど無かったが

被写体になった彼女達も私は写真の中で傷だらけにした。

そうゆう人しか撮りたくなかった。

そしてとても美しく危うい時間で、それは滑稽だった。

 

 

写真という道具を使って

感情を拡大させてた。

これっぽっちの悲しみを

うんと大きく顕微鏡のように拡大させて、そこの中にどっぷり浸かっていた。

 

ずっと分からなかった。

どうして写真に没頭していたのか。

そんなにネガティブなものばかりに惹かれたのか。

 

守られてる気がしたから。

自分の世界に引きこもって、他の人からは触れられないようにしたかったから。

傷付きたくなかったから。

癒されたかったから。

私にはネガティブがお似合いだとどこかで思っていたから。

 

そうやってちゃんと自分を俯瞰してる自分がいた。自覚はなかったけど、いた。

ちょうどあの写真のパンダのように。

 

あのパンダのように、苦しむ私をどこかで見てる私がいた。

 

私がセンチメンタルになれば良いものができると思っていた。

 

そして写真は私にとって

守られてる場所で

自分が傷付かない場所で

気を許せる場所で

癒される場所で

ネガティブを拡大できる場所になったのだ。

 

ネガティブがお似合いの自分になった。

 

その裏に大きな罪悪感があったことを隠す為に

過去の恥ずかしい自分を許さない為に

私は私の出会いたくない過去を隠したくて、恥ずかしさを見たくなくて

恥ずかしい自分を責めたくて

お前はなんて性格が悪い、恥ずかしい女なんだと

ネガティブな世界を作り出した。

 

 

でもそれは、とても疲れたよね…。

とてもエネルギーを使っていた。

死の淵を歩く危うさは、終わらない緊張の続き。

 

 

どんなに見たくなくても苦しくても、残念だけどそれも自分の選択。

私はしっかりと自分の世界を作り上げていた。

自分を追い詰め懲らしめる世界を

作り出した。

 

結局、そうやって作り出して

自分を自分で追い詰めても

最後まではやり尽くせなかった。

 

ここから

死ぬことを諦めて生きることが始まった。

 

憎しみはやがて愛情に変わる。

それだけ懲らしめられるのだから、それだけ愛せる。

 

もっと早く、憎しみのいじめっ子な自分を認められばよかった。

そしたら、あんなに長い間苦しまずに

その裏に隠れてるものを探しに行けたのに。

 

憎んで虐めてるのはそれだけの理由があるから。

私は自分でもなぜ自分で自分を傷付けるか、嫌いなのか、ずっとわからなかった。

自分で分からないようにする為に虐めたり憎んだりしてるんだ。

ネガティブな感情が出る裏には、そうやって隠したいものがある。

そのネガティブな自分を受け入れたら、自分がなぜ自分を苦しめるのか

分かって来た。

 

 

ネガティブな感情はそこを掘れば宝物が見つかる場所。

だから、それが出る機会は無下に扱わない方がいい。

その感情の自分も認める。

その感情があってもいい。

その感情を良い悪いで判断しない。

 

憎しみが強いほど、深い愛があるから。

 

憎しみも愛も、どちらも私である事に変わりはないのだから。

 

 

 

そして今ふと、思ったのだけど

私は自分を追い詰める程の素晴らしくネガティブで不幸な現実を

あれだけの臨場感を持って作れるのだよね?

 

全くないところから、

私はあそこまでドラマチックに自分を追い詰め苦しめる

毎日を作ったよね?

 

覚えてる、覚えてる。せっせと本当によくやっていた。

 

りんごが袋から落ちただけで泣いていたのだから(笑)

 

だったら、その逆だって作れるよね。

 

過去の私はネガティブを作り出す天才だったんだから。