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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

不安でも、お金を払ってでも、憧れに会いに行くことの大切さ

友人と話をする自分がいつの間にか

その人の今を苦しめる種を探し出そうとしてる自分にすり替わっている危うさに

 

いつだって目の前のその人は

私という色眼鏡を通して見ているという事実を

忘れてはいけないのかもしれない

と。

 

だから私がやることはいつも

私でいるいうことに尽きる。

 

そこだけに意識を集中していたら

多分それ以外のものが目立ってきてしまうから

その時でいい。

きっとそうやって探さなくても勝手に出てくる。

特に「私が」それをやろうとする必要から

手を引くこと。

 

 

言葉だけでのやり取り以上に私達は読み取っていることを

見えないながら感じる自分がいるのは

実際そうしてきたからで。

 

お金を払って講座を受ける経験も

お金を得るために不安でも住み込んで、自分がごっそりその場に身を埋める経験も

言葉以上にその場所の人の状態と環境が自分を左右する。

ご縁というのもあるだろう。

でもそのご縁も、自分が探す行為がなければ結ばれなない。

しかもどんなものを求めて探すのかで、ご縁も決まってくる。

だから自分が常に発起人なのだけど。

 

頭で理解を求めてた頃には、何をやるか(内容)が自分に影響するとは思えても

現場のその人の在り方までが自分を左右するとまでは

思わなかった。

 

最近自分が大切にしてるものが変わったせいで

見えない事もまるで見えるものと同じように在るという事に私がしてるから

という理由もあるけれど

 

実際それらの経験で

自分がこうだと信じてるものは他の人もそうに違いないと

どこかでみんなも自分の見てるものと同じ価値観を共有しているという

勘違いに気が付けなかったのが、

目の前のその人の在り方や状態で

例えば、幸せで、楽しくて、自分である事に安心していて…とかであれば

自分がそうではないというのが

その人と自分のギャップとして見えてしまう。

 

でもまだそれに気付けないというのなら、それも執着のなせる技

なのかもしれなくて

 

他の人はそうではなかった、と

言葉で知ったのではなく

その人の状態で知った。

 

だから、もし今の自分に満足がないのなら

自分が求めてる憧れに触れたり会いに行くという経験そのものが

自分の状態を俯瞰させてくれるかもしれない。

 

今の自分の環境と同じ所にいる人達は

同じ価値観を共有していたりすることが多いから。

 

何かを我慢しながらそこにいる人達、という当たり前を。

 

 

 

 

人は粒であり、波だから。

人は見えるものであり、みえないものだから。

 

この事を私は常に追いかけるだろう。

だから、何度でも。

だから、愛「する」なんだと。