幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

怖い事をやると、わからない事が分かるようになる。

「怖いことを敢えて選択し続けてみる」という目標をたてた2016年。

そこで最後の砦のような存在はやっぱりお金のことでした。

 

その経験が教えてくれたのは、

結局私は自分で下した選択の結果さえ

自分では責任を取りたくないと思っている意識があった

ということでした。

 

そして、それを誰のせいにしてたか?

家族でした。

 

母の優しさが私をダメにする。

父の厳しさが私を弱くする。

 

haruradio.hatenablog.com

 

 

私は人に対して恐怖心を抱く理由がずっと分からずにいました。

相手の中の何かに反応してるのは、怖さを感じるからわかっても

一方でそんな相手や自分を分析し始めてジャッジして来てました。

そしてその人に恐怖するってことは、

自分の中にあるその人と同じものを厳しく責めるからでしたが

それは自分の中にあるものを認めない、許さないという厳しさからでした。

 

あんな人にはなりたくない、なんて反応すること自体が

そのあんな人と同じものを自分が持ってるからですよ、残念でした

ってことなんです。

残念〜!って切られちゃった方が楽でした。

 

 

自分で責任を取りたくないと思ってると

ポジティブなことは何をやっても満足なんてしないわけです。

認めることさえ関わることだから出来なかったことのように思います。

ネガティブなことは、その出来事を選択した自分を責めたり

感情にどっぷり浸かって、いつまでも抜け出そうとしないことでした。

(そうなる原因を弱い自分のせいにして状況を変えない。出来事やそこに関わる人のせいにする。)

 

今の辛さを終わらせることができる方法として

感情を感じれば抜ける

という言葉を信じて取り組んだことではありました。

どんな感情があっても「ある」と認めることが

感情に浸ることではないということも

ようやく分かってきました。

 

繊細な方なので感情は出やすいですが

その出た感情をいかに認めて、でも浸らない。

火に油は注がないんです。

(みんなこの辺言ってますが、ずっと方法に頼って変えられませんでした。)

感情に浸っても、その感情を認めないと何も変わらないから。

そしてネガティブなものであるほど認められないです。

 

いい人でいたい人間にとって、プライドを捨てられない人間にとって

この認めるということはなかなか難しくて

どうしようもない自分自身もいるよねって言いたくないから

そこを許したら他者からの信用を失うと思ってる。

 

他者からの信用を失いたくないと思う、そのこと。

 

裏を返せば、自分では自分に信用がないこと。

それだと、常に外側からもらい続ける必要があるのでした。

 

でも私はもう、そうゆうことをやめたいと思っていて

ずっと望んでるのは

「自立すること」

 

自分で自分を労れるように、信じられるように、愛せるように

です。

 

責任って多分そうゆうことかなと

今の時点で思ってます。

 

 

無意識って本当に寝てるんだと思うんです。

自分をゆすらないとずっと寝てるんですよ。

怖いことするって「朝だよ、もう起きて!」って揺することと似てます。

 

 

 

あとお金のことで言えるのは

金額と中身って=じゃないかもって思います。

でも怖いって思いながら出したら、それに見合うものはやってくると思っています。

 

実は高額であるほど何もしない自分が露呈しました。

 

覚悟無いんです。

 

自分では何一つ手を汚さずに、買ったんだからなんとかしてくれるだろう

というのを、高額な金額であるほど自覚出来ました。

 

逆にそこまでお金をかけないと分からなかったので

自分でもどうしようもないんですが

お金と交換するものが無形のものである程

自分の中に何を持っているのかあぶり出される感じがします。

八つ当たり出来ないし、矛先が曖昧でした。

 

 

自分で責任を取れないというのは

言い換えれば、ずっと被害者でいること。

 

それじゃあ幸せになんて、なれないですよね。

人に言われてしまう自分の弱さだって言い返せないですよ。

 

でも、そこを乗り越えるって言うより

その丸ごとそのままやり始めようって思います。

妖怪が人間になれなくても、みたいな。

 

心の赴くままに。

 

怖いことやり続けると、

心で思ったことしかやれなくなってくるみたいです。