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日々のこと

fantasiaの為の研究ブログ

意識に上がってきても見ないふりする罪悪感

私は素直じゃないし、頭でこねくり回すタイプなので

自分のこうしたいという在り方にたどり着くまで、結構右往左往しています。

過去に気付いたものでも

その時点で、実はまだまっすぐそのことと向き合えてなかったり。

 

でもそれはなぜか?と言えば

素直になれない、見つめられないほど程嫌で

受け入れられず認められないものが自分の中にあるからです。

過去に受けたショックが大きいほどにそうなりますが

自分の中にそうゆうものがあると

私生活の中でひずみが生まれます。

 

どうも生きずらい、上手くいかない、やれない、というひずみ。

 

理由の分からない生き辛さの陰には

自分が隠しておきたいものがあるのではないか?

直面したくはない自分の側面が

 現実の生きずらさ、やりずらさを作って自分自身を生きられない。

 

でもその代わりに誰かや何かのせいにし続けて

私は被害者で悪くはない、関わりたくはないという姿勢は取れたりします。

 

どちらがいいとか悪いではなくて

どうしたいかが違うだけなんですが。

 

 

先日の夢ノート関連の気付いたことをアメブロの方に書きました。

 

ameblo.jp

 

罪悪感って持ってる人はいっぱい持ってます。

私もたくさんあります。

地球に生まれて、社会に人に触れるだけでそれは出来るのですが

わざわざ向き合うかどうかは人によるんだと思います。

というか、どうしたいという本人の意識によって

向き合わないと、そのしたいものを手にできないからでした。

私は目指してるものに自立があります。

なりたいものを追えば追うほど

正直自分の見たくないものを受け入れなければならなくなります。

自分にはそれがないから求めるというのは

ない状態を受け入れてないからでした。

 

 

そして以前書いたブログに性に関するものがあります。

私の中では重要度高いのですが

経験がエグいので、受け入れるのも相当時間かかってます。

今なぜか、このことがまたぷかぷか浮いてきてます。

きっとこの前のお金に関することの続きとして

芋蔓式に繋がったんです。

自分を悪だとする罪悪感の一つに性のことがあるから。

 

女性は特に性について受け入れるのは大変じゃないかとも思います。

性については虐げられた過去が本当にたくさんあって

沢山の人がここで傷付いてたりしてます。

 

ジェンダーに関する偏見や差別

というかお金のこと、戦争のこと…

そうゆう黒い部分を人は繰り返して

生と死もそのひとつだと思います。

 

私は自分自身にずっとどこか黒いイメージを持っているのですが

人はどちらか一方というより、どちらもある生き物だと

ドキュメンタリーの写真などを目にする度に思います。

私が写真を好きな理由は、そうゆう物事を良し悪しではなく

ありのままにみせるツールだからかもしれません。

 

 

「性」そのものが二極の両方で

 女性は特にそれを受け入れる器がある生き物だと思います。

構造的にそういう立場にあるのが女性という生き物なんじゃなかろうか

そう思うのでした。

 

この写真集、実際起きた出来事は悲惨なのですが

そこに関わりのある人間の姿をとても美しく切り取っています。

 

 

 

 

haruradio.hatenablog.com

 

今回、上の記事を書き直したりしながら

今また浮いてきてるこの罪悪感はもしかしたら

どこにも落ち着かないかもしれません。

 

どうにもできない自分がいて、生命力が落ちてしまうような瞬間がやってきても

それでいいのだと思います。

そんな時は頑張らなくていい時だから。

 

そしたらまた元気になって

こんなことも大したことじゃなくなるんです。

ありがたいことにお正月で美味しいものも

なぜか今私の周りにはあったりして。

 

そして自分のネガティブなポイントをどうにもしなくなると

それが案外自分を助けたりするんです。

 

ここまで書いておいてなんなんだけど

なんでもいいんです。前置きはもういいから。

 

ここに書かれてることが自分を自分でどう見てるかの証だし

言い訳でしかなかったりするから。