fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

逃げ場がない程、追い詰められるという感覚の先にあるもの

タイトル通り、今の現状の私はこれなのですが

実はこの追い詰められるという感覚

以前にも味わっています。

 

誰、もしくは何に追い詰められているのかといえば

自分自身です。

以前は自分が自分の鬼でした。

その頃はよく自信がないと口にしていた頃で

自分にとても厳しく、とにかく許せない項目がとても多かった。

それも無意識のなせる技なので

なぜ自分がそんなに苦しいのか、当の本人はまるでわかっておらず

自分が自分の何に厳しくして許せないのか知らないのです。

 

今はといえば、あの頃とはまた別の課題を抱えているのだと思います。

もちろんまたも無意識です。

その時に自分がよく使っている口癖が何かを観察すると

無意識で自分のことをどう思っているのかのヒントにはなると思います。

使ってる口癖が「○○ない」というのだと

あまりいい状態ではないし、呼び込む現実も幸せなものには見えないのではないではないでしょうか。

 

どうにもならない自分を沢山諦めて

自分の中で今までなら戦っていたものを不戦勝で辞退してきてるので

以前よりも大分楽にはなりました。

 

今の私の口癖ってなんでしょうか?

 

頼りない、だらしない、どうしようもない、です。

 

 

以前は精神的な部分で自分をどうにかしたかった。

今はそれ+物質的なこと、つまりお金のことも課題に上がってます。

 

どんなに心で現実を嘆いても

この現実を作っているのは紛れもなく私自身であること。

それを自分ごとにできるか? 

 

ここ最近私がやってきてること

実は、救いようが無いほどだったりします。

 

自分で選んだんでしょ?自分でやると決めたんでしょ?

お金だけ払っておいて、結局なにもそれについて取り組まない。

 

心はどんどん疲弊するんですけど、自分でやった事自分で責めるんですけど

だらしないし、どうしようもないし、頼りないっていう現実なんです。

私の作ったものは紛れもなくそれなんです。

それを認めること。

 

今このどうしようもないと思ってる現実を作ったのは

紛れもなく私自身であると。

それは責めることでは決して解決しない。

認めるとは責める、つまり戦う事ではありませんでした。

 

そしてだらしない、どうしようもない、頼りないその自分を理由に

その雰囲気に飲まれて流される事でもありませんでした。

周りの目がそんな風に厳しく見てるから

何かの制裁のように苦しみを自分に与えるのなら

そうする事自体がいつまでも周りのせいにしてるってことなんだと。

 

 

あの山が美しいのは、山が美しいからじゃなく

自分の心がそう感じたからだ。

 

今その意味が、少し分かったような気がします。