fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

方法ややり方を求めて

ずっと何かになる為に、方法を知ろうとしていました。

都内にいた頃私が求めていたのといえば

例えば心が強くなるとか、怖がらないメンタルとか

仕事ができる人とかでした。

そうなる為にはどうしたらいいかを考えてました。

そして欲しがっていたものは肩書きだったと思います。

人から羨望の眼差しで見られるような実績と肩書き。

ようはかっこつけなんです。

 

未来の自分に期待するほど

今の自分では駄目だから、弱いから、甘いから、できないからというの自分の否定感は鮮やかになりました。

厳しさで、無理する事で、追い込む事で

そこからの成長を求めていました。

特にそうゆう環境でなくても、そうゆう環境に仕立てあげたのは私でした。

どうにかしようと、がむしゃらに頑張っていたような時期です。

 

強くなる為には、怖がらないメンタルの為には、仕事ができる人になる為には

何か苦労を乗り越えるという悲劇のヒロインのようなをストーリーを描いて

それを叶えていたのは私自身でした。

つまり、自分の願いは見事叶っていたのです。

 

どんな方法もやり方も結局はそれ通りに取り組めたことはあまりなかった。

それを素直にやったら私のストーリーは完成しないから。

 

本当はみんな自分の叶えたいことに必死です。

方法ややり方は誰かの経験です。

経験して導かれた結果が、その人の言葉や感性を通して伝えられる。

だから自分があり過ぎると従えない。

その人に染まれる=素直さ

があれば、その人と同じ結果が得られるようなもの

かもしれないです。

 

 

今の自分からすれば過去の自分はアグレッシブだったと思います。

未来の煌びやかなゴールの為に設定した泥沼のような心の持ち方で

窮屈に過ごしていました。

過去の私を見ると誰の力も借りれない閉鎖的な自分で、私なりによくやっていたと。

 

 

過去の自分をそう思える今が好きでした。

 

 

信州へ来てからは、今の自分では駄目、弱い、甘い、出来ない加減を受け入れようとする事に必死でした。

好きになれないとわかっていても、カタチだけでも自分を労わり始めました。

そこに虚しさが見えるのはプライドの高さのせいです。

どちらにせよそれもそれで頑張っていたことでした。

 

頑張る項目が変わっただけだなとも思います。

その全てに優劣がなく、過去も今もただ経験してきたこと。

生きていれば変化するんですね。

でも勝手に変わったというより、

求めた結果が今なんだという方が納得できます。

常に人は自分のなりたい結果の為に選択を繰り返しているのだなと。

 

 

正直、今の私は何にもないと思います。

何にもないというのは語弊のある言い方ですが

煌びやかで派手で、所謂成功していてカッコよくて、強くて、自立していて…

そうゆう特別をずっと求めて来た私にとって

普通の心境で仕事が出来て、生活が送れてて、帰る家があって

ただただ普通の穏やかな毎日が過ごせてる今の平和さといったらないです。

 

矛盾していますが、ずっと求めてきたものを手放した時に

願いは叶っていくものなのかもしれないと思います。

自分のなりたいものになってもいいし、ならなくてもいい。

不思議ですがどっちでもいいと言えるときに、自分の好きなことが素直に行えるのかもしれません。

仕事ができる人でありたい事を手放したら

そつなくこなせる環境がやってきました。

怒られるのが怖い事をどうにかするんじゃなくて

弱い自分のままでいる事を許したら

優しい人達ばかりの環境に入りました。

 

頑張って取りに行こうとする姿勢ではなくて

今の私のベストを尽くすというやり方。

自分に無いものを新しく目指すというより、自分の既にあるものから工夫するその繰り返し。

 

今の私のままで出来る事をやってみようと思います。

 

そんな事で販売ページもあります。ちょこっとアップしました。

 

 

minne.com