fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

身体と心と外側の関係について思うこと

書いてばかりいて、あんまり現実的とは言えないのだけど

今は自分の部屋でこうして何かゴニョゴニョしています。

なんだかこれからこの寒い古民家の部屋に入り浸りそうな予感。

でも実は前までそれが出来ませんでした。

 

自分のやってることを誰かにかっこよく見てもらいたい。

カフェに入ってこうやってブログ書いて、そこで何かした達成感にして

そうゆうことでおしゃれだと思う場所へ出向いて、自分という存在を確立させてたんだと思います。

何もない自分でいられないことに安心がないから

依存することで、弱い自分を責める自分から守っていたかな。

自分の中に対立があったことも、実は戦いが終わらないと見えなくて

そんな中身なしの見栄えだけは守りたいダサい自分がいていいことにしたら

肩の荷が降りました。

 

話をちょっと戻しますが

川上村での住み込み期間中たまらず過食嘔吐を最後の方にして

結局そのことというのは

私にとって体を愛せないという象徴的な行為になりました。

 

見た目のコンプレックスからくる劣等感で体を蔑ろにする。

その他にもたくさんの劣等感があって

いつもそれがあることに自覚はありましたが

あるけれどその劣等感や自分の見た目や不自由や…それらを

ずっとどうにかしようとして

私は様々な選択や決定をしてきたのだなというのが見えてきます。

 

川上で過ごした3ヶ月の間に色々ありましたが

この劣等感が自分にあったままでいいという所に落ち着いたのが

一番大きな事だった気がします。

 

身体のことを愛せないけれど、身体を使うことはとても好きで

戻ってから早速したことといえば

バレエのレッスンを再開させたことでした。

 

踊ることは身体の内側のことを見ないと綺麗に踊れません。

正直全面鏡に写る自分を見るのもずっと嫌でした。

でも抱えてきた体に対するコンプレックスや劣等感を心の内に秘めたままでいいし

このままの変わらない自分でいる事に落ち着こうとすると

不思議と鏡の前の醜いと思ってる自分を直視できるようになりました。

本当に嫌いで見れなかったんだと実感しますが

今も好きになれない感覚は持ったままです。

でもその持ち物があってもいいという感覚に変わったのだと思っています。

 

そしてこの体のことと、ピンホールのカメラで写真を撮ることが

私の中で繋がりのあるものになってきています。

それはこの体も自然の一部であるという認識と繋がったからでした。

 

繋がりの経緯を振り返りながら書いてみます。

 

この皮膚も骨も臓器も筋肉も地球の土に帰ることになる物質で出来ています。

体と地球はその規模はまるで違いますが

生きているという意味で同じです。

流れる血、剥がれ落ちる皮膚、生え変わる髪の毛、生まれる命…

流れる川、剥がれ落ちる葉や樹皮、伸びる新芽、生まれる命…

地球で起こっていることも同じです。

 

そしてこの肉は必ず地球に帰るのです。

 

美しい自然をじっと見ることができる写真というツールを使う度

この美しさがずっと残って欲しい思いはずっとありますが

最近は意識して感謝をするようにしています。

 

自分の身体に対してはその醜さ故に、どうにかしたくて仕方なく

変えたかった。もっと綺麗ならと望んでました。

それゆえの過度な運動や過食嘔吐でしたが

意識的にそうゆう一切を止めて、この体を大切にしようとしたとき

私が私に対してやることと

私達人間が地球にやっていることが重なりました。

 

私が体を虐めること=環境破壊

大袈裟なようにも思いますが

過食嘔吐をしてる自分というのは、相当破壊的だったりするのです。

だからそうゆう関係性を見ました。

具体的に過食嘔吐をやめること(外側に対するアプローチ[行動])と、

自然への感謝(内側に対するアプローチ[イメージや祈り])を同時にすることで

新しい視点というか感性に出逢えたということです。

 

そして踊ることは体を見ることです。

美しく見えるためのポジションを探したり

バランスを取る時は意識を集中させます。

 

食べる事は体を育てることです。

どんな食べ物を自分に与えたらいいかや

その逆にその時の調子で与えない方が体は楽だとか

感じたり考えたりして与えます。

つまり自分の体を大切にすることです。

 

写真を撮ることは地球を見ることです。

美しい場所を見つけては写真に収めようとします。

 

体を大切にすることと、

撮影後にその場所や自然に感謝することを意識的にするようになったとき

内側のことと外側のことが繋がってきたのでした。

 

隔たりを感じなくなることで、大切にできることの領域が広がる。

 

私が何を消費するかを選ぶことが小さいながらも直接地球に影響を与えている。

今そんな感覚がやってきています。

 

ちょうどそんな時に見れた動画がこれです↓

地球が壊れる前に|番組紹介|ナショナル ジオグラフィックチャンネル

 

今までならこうゆう環境ものを見ても然程反応を示しませんでした。

ちょっと不思議なのですが、今回危機感や怖れで見た感じもなく

ただ自分が本当に何にも知らないんだな、という感想でした。

そして改めて私は全てに絡んでいるのだという事も。

 

自分の選択が生態系に与える影響

例えば内戦や紛争の一因になっている干ばつ

でも絶望に浸る時間もなく

自分が今どのように暮らし、何を消費しているのかが即影響し合っていること。

 

自分を大切にすると、外側も大切にできる。

この両方をやると、自分が気付かずにやっていることに気が付けて

生きることがスムーズになると思いました。

 

 

杉本博司 ロスト・ヒューマン - 日々のこと

ロスト・ヒューマンの展覧会で杉本さんが描いた

“私の想像しうる未来の姿について、最悪のシナリオ記す”とあったのを私も夢想しながら

地球の美しい瞬間をこうして見ることが出来る今を生きられることは

感謝以外のなにものでもない気がします。

 

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pinhole camera   exposure time about 45sec  in Yatsugatake Kawamata river