幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

杉本博司 ロスト・ヒューマン

東京にいて、こんなにつまらないと思ったことも初めてで。

というか、それは混沌のせい。

今はもう過去形で、それはまるで走り去っていった混沌なのだけど。

 

東京というたくさんのものや作品が溢れかえっている所で

それらをひっくり返したいほど、と言うには大袈裟に

でもそんな苦しみまでいかない曖昧を、どうにかしたかったなと。

 

 

 

topmuseum.jp

 

写真続きになりますが

やっぱりずっとやってきた腐れ縁てことにして

写美のリニューアルオープンの展覧会に行ってみることにしました。

 

本も読みたくない(というか元々読まないけれど)

頭を使うような小難しいものを避けたかったのですが

やっていたのは杉本さんの展覧会。

しかも写真というよりインスタレーションのようで

好きな人ではあるものの、今の私では何にも入ってこなさそうと思いつつも

とりあえず会場の中へ。

 

やっぱり読み物がいっぱい…

読むのしんどいな、なんてかったるさも

そこはちょっと頑張りました。

読み物というのは

「今日世界は死んだ もしかしたら 昨日かもしれない」で始まる

33人の肉筆の手紙のようなもの。

 

絶望的な未来のシナリオを前にした人達の33の肩書きと

その肩書きを生きた人間が、死を目の前にして書いた自分の人生やそれを取り巻く世界のことが

その人を象徴する物と共に展示されてました。

 

展示されてる物は古い物が多く

戦争の赤紙や化石、骨董品のような物がそこかしこにあって

そうゆう古い物に染み付いて取れない匂いみたいなもので

異様な空間でした。

 

滅びゆく空想の「未来」を前に

「今」を生きてる私が見てるのは

実際に起きてきた歴史や、

誰かに使われた垢や臭いのするような「過去」の物なのだから

時間の感覚が壊されそうな戸惑いがありました。

 

そして33の肩書きの中で自分に関係のあるものが幾つかありました。

私の場合、〈解脱者〉や〈自由主義者〉や〈物神崇拝者〉それに当たるのですが

と言っても私は解脱した訳じゃないけれど。

関係があると書いたのは、自分がそれを求めてきたり、今それをやっていたりという意味で、です。

 

肉筆で書かれた内容は皮肉めいてもいますが

今の自分の嘆きも苦しみも、結局は嘆きと苦しみのままに経験すればいい

ということにハッとさせられるのでした。

 

例えば、自由主義者の肉筆内容を読み返す程に

私が現実をどう生きるかの選択基準になっている全ての事柄は

自分にはそれが無く、だからこそ手に入れたい物という枯渇からだというのを

痛いほど感じました。

 

「自由こそが人間が現実すべき理想であると思っていた。そう思えたのは私が不自由だったからだ。自由主義は資本主義をその基礎としている。自由は富によってのみ保証されるからだ。」

上の文は自由主義者の肉筆内容の一部だけれど

最近、自分のお金のことでどうやったら稼げるかばかりに意識がいくのは

こうゆう理由だろうし、ずっとずっと不自由であることを不満に思ってるからで。

 

今自分の中で起こってくる全てが、

やってくる感情やうまく行かないことや

今その自分をどうにかするのをやめることでしか

争いは終わらないのかと思いながら見てました。

 

私は〈知ってる人でいたかった〉し〈自由が欲しい〉し

〈物で自分を飾って大きく見せたい〉けれど

今そうではない、もしくはそうなりたくないと嘆いてる。

その嘆きを嘆きのままに生きれば良かった。

 

展覧会の冒頭に杉本さんの

「今日世界は死んだ もしかしたら 昨日かもしれない」

で始まるコメントがあります。

 

私はそれを最後に読む事になりました。

“暗い未来が私の今を輝かせてくれるのだ。”

 

私は自分の成功を自分以外の誰かや時間によって与えてもらいたいと

いつまでも期待しているのを見透かされたのでした。

 

絶望的な未来が今を生きる自分自身への絶望を見せてくれる。

それ程に今を感じず私は今を生きている。未来に期待しながら。

 

そうゆうことを見せてもらえた展覧会でした。 

 

 

私が写真を好きな理由の一つに、

そこに移ろいやすい心を映したり見る事が出来るツールになってるからですが

写真だけじゃなく、そうゆう揺さぶられて終わるだけの何かに留まらないモノを創る仕事が出来るなら

それが生きる喜びなのかなと思いました。

 

この絶望的な未来もリアルに自分ごととして捉えられる時

受け身の人生を終わらせて、その原動力を発揮出来る。

 

 メメント・モリということでしょうか。