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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

ちょっと妙なこと、なのかもしれないけれど。

前回書いた日記から数日経ちました。

正直、あの日記は公開するかどうか迷いのあるものでした。

 

コンプレックスと劣等感を潜ったら、酷いの住んでた。 - 日々のこと

 

アlウトプット出来る時は

ある程度自分の中が整理されて、納得して、完結されてるからだったりします。

 

今もですが

自分のことをどう捉えていけばいいか分からないでいます。

過食嘔吐をしてることも含めて

自分自身を素直にそれでいいとは言えず

前のように悪い事だとただ責めることもできず

止めると決めることもできず

自分の体について受け入れることが出来ないという強烈な事実がある事。

 

自分が悪魔になった夢を見たりもしてました。

 

良い人になりたかったとか

綺麗なものだけとか

悪いと思うものは自分の中にあって欲しくなかったとか

(怒りやネガティヴと言われる感情など)

 

そうゆうのは例えば

私はずっと天使になりたかったみたいなことと同じなのかもしれないと。

 

なんというか

…だけの自分でありたかったというのを

今更強烈に感じていて

 

でも人って

…だよなというのを

今更強烈に感じているのでした。

 

私が生まれたのは宗教のお家です。

人間味や臭さを感じるというより

いつもどこかで少しそうゆうものを排除するような緊張感を

幼心に感じていたとは思います。

 

生活や人と共にあるものとして信仰を選んだ両親が

そこまで大袈裟に捉えることは無いですが

私が上に書いたような良いとされる方だけを求めてるのは

そうゆう影響はちょっとはあると思うようになりました。

 

宗教と言われてそれをとても敬遠したくなる理由は

不自由さを感じるからと、縋るという感覚からでした。

 

目に見えないものを身体を持つ人間がコントロールするように作られたルールは

とても強引で確固たるものだから、そこにいつも対立するものがあるのを目にしていました。

平和を求めながら、なぜかいつも戦っている矛盾がありました。

 

見え無いものだから曖昧だし、

家族の中にそれがあったから信じたくはなかったと思います。

反発がずっとありました。

幼い頃にそこだけに厳しかった母に、私よりも大切なものがあるなんて

認めたくなかったのかもしれません。

私の方をもっと見て欲しかったのに、という反発だったと思います。

 

でもここへ来て思うのは、祈りの対象や神様というのは

願いを叶える為にいるわけじゃ無いかもと

思うようになっています。

 

意識的にですが地球や自然や

そうゆう大きなものや神社などへ

今この地球に住める、息ができる、そんな当たり前だと思って過ごしている

この美しい環境そのものへの感謝を伝えるようにする程に

 

人間である以上、俗な部分はどうしようも無いよなという想いに駆られました。

 

人間だから欲に塗れるし

悪い事だと分かっていてもやっちゃうし

仲良くやれないし

醜いこともあるし

 

人間が二極の両方って言われても

よく分からなかったけど

 

所詮で、されど

 

と思ったら
 
目に見えないことをイメージするのは
とても大切かもなと思うようになっていて
 
今日もそんな事で感謝を伝えに行ったら
そのあと空にまた虹を見たりしてました。
 
 

人間だから

天使と悪魔の間を行ったり来たりできるのかもしれなくて

どちらかになろうとするとなんだか複雑な気がして

人はだから間なのかな。

 

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