幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

パートナーがいない理由あれこれ。

最近、天秤座の新月でパートナーシップの記事をよく目にしていました。

私は彼と呼べるような人は今までいません。

羨ましいと思います、普通に。

いつの間にか時間だけ過ぎて、いい歳も過ぎてなんて言っても

これだけは縁だからと上手く逃げても

両親や親戚から言われる事自体、有難いことかもしれませんけど。

 

 

後で繋がりますが

最近、またゲド戦記の「テルーの唄」が聴きたくなります。

この曲切ないです、とっても。

 

またと書きましたが

何かのタイミングなんでしょうが、その時心が求める曲があります。

聞く度に胸をぎゅっと掴まれるような感じになります。

だから、ぎゅっとつかまれるままに噛み締めて聴くといいと思うんです。

私の場合、大体おきまりのものが

こうして引っ張り出されてくる事が多々あるのですが

それはどんな時なんだろうって

ちょっと分かった気がする事を書きます。

 

「君の名」はのようなタイムリーな映画の事でもなく

しかもあまり評判のよくない「ゲド戦記

大分今更なのでした。

 

この映画、判りにくい映画みたいですが

私にとっては心の中を上手く映像にしてある映画だと思いました。

恐れについて、それを前にした時の反応や抵抗や対峙や…

そうゆうテーマで上手く描かれていたと見る事ができるのは

私自身がそうゆう視点を常に持って心の中を見てきてるからんなんだろうと

思ったからでした。

 

テーマ曲になってるテルーの唄。

歌詞を聴いても、なんて悲しいことしか言わないんだろうと思ってました。

 

この曲を聴いて私の心は痛く反応するわけですが

なぜかといえば歌詞の中の

 

「鷹のようなこの心」だし (プライド)

「愛でてくれる手もなくて」だし(いじけ)

「一人ぼっちの寂しさを」だし(惨めさ)

 

心が反応するのは自分がそれをやってるからなんです。

そうしていたいんです。

 

私が惨めさを感じる場面というのが凄くあって

 

例えば、

人が何人かいる飲み会の席で一人になる時だったり

ちやほやされても実は下心だけだったと知った時だったり

 

まぁ、他にもあると思いますが

そうゆう場面に出くわして、あの悲しいような虚しいような心汁がたらり

垂れてくる感じになるのですが

 

人前では認めたくないくせに

でも浸りたいんです。

 

惨めさを許さないんじゃなくて

またこの唄を聴きたいと思うように

惨めさに浸っていたい、酔っていたい。

 

あなたも懲りないねぇ、

ほんと好きだよねぇ←今ここ

 

そりゃ、一人でいなければ酔えませんから。

 

youtu.be

 

 

そして、なぜか「風立ちぬ」が気になっていて

映画は劇場で観ましたが、今改めて観たいです。

あんなにスッキリした映画ないよなと。

 

地震も戦争も激動の時代の中、まるでそれすら周りの騒音レベルで

振り回されずに自分のやる事を淡々とやっている姿。

 

どうでもいいよ。

こんな事も、あんな事も。

何感じるとか、こうゆう原因があるからとか

ここまで書いてきた事も、一人ぼっちの理由とか

そんなこと考えてないで

頭を働かせるのは、自分のやる事の為に使えば十分だろうって。

 

 

youtu.be

 

 

さすが親子。

ゲド戦記」でじっとり浸らなければ

風立ちぬ」がまた観たいとはならないです。

 

 

私が誰かといる事に煩わしさを感じるのは、強くいようとか見栄っぱりだからだし

1人でいるのは、痛まないとか苦しまないとかそうゆう回避の為です。

都合がいいからそうしてる。

 

1人でいても、2人でいてもメリットとデメリットがあって

私はその片側しか知らないけれど

今はこうしていられる幸せも、独り善がりも

全部与えてもらってるのでした。

 

 

そして、このブログも良かったです。

1人じゃないことも素敵なんだと言葉だけじゃなく伝わるものがありました。

最後の写真がね。

幸せのカタチは1つではないですね。

 

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