fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

有無

自分が今まで築いたものを壊すタイミングをもらっているのだと思う。

 

上手くやっていくために築いたマイルールを壊せば

本来の自分に帰っていく。

 

そのための場所で、環境で、人なのだとしか言えないほどの見事なキャスティング

きっと私用に全て用意されたのだと思う。

 

今までだって、いつもそこには全て必要なものが用意されてきた。

いつも生かされていた。

でもその事にその時気付けない、というのがほとんどで

今、過去の自分の「あの時」にちょっとだけ後悔する。

 

だから今感じているもの全てはなるべく逃さないように

良いとか、悪いとか言わずに

今出てきた感じをそのままに

やりにくさとか、不安とか、自分は違うとか、…。

 

相手を受け入れる事でも、自分を責める事でもなく

ただこの見えてる風景や状況や人を分ける事なく、判断する事なく

それぞれのそのままを尊重できますように。

ついつい、表面的なことに食い付いてしまうけれど

それがあなただと勘違いしてしまうけれど、そこに影響を受けて

怖がったりしてしまうけれど

あなたのそんまんまを、あなたのその生を命を

奥の方にあるものを大切に見ることが出来ますように。

 

例えば、あなたのやっていることや考えてることや思っていることに

目を奪われてしまうけれど

でも、それはあなたという人のほんの一部に過ぎないように。

今までその人の服の趣味程度でしかないものに

私は、恥ずかしがったり、怖がったり、疑ったりを繰り返して

それを遠ざけて来たけれど

これからはそれを

どうも好きじゃないけどね、と言いながらも

大切なことは、知っています。

という命の前の謙虚さを持てますように。

 

 

 

間違ってるという判断を下す立場にある人なんて、この世に誰もいない。

この世の中のシステムに職業やルールという形で存在していても

人が人を裁く事なんて出来ない。

人が人を殺めたとしても

そこにあるのは憎しみや、悲しみや、恨みや、後悔や…

 

そうゆうものだけだろう。

同じように殺してやりたいという、鬼のようで火のような憎悪だろう。

失うことで気付かされる、自分の中の鬼や天使だろう。

今と昔では人の生き死の距離も違っただろう。

死がとても近くにあっただろう。

だから、人からどう見られるかに割いてる時間も社会も無かったんだろう。

 

時代や状況や場所でさえ変わってしまう程度のルールなんだ。

今まで誰かに決められてきたものなんて。

 

って、自分以外の事は想像くらいが限界で

そんな距離しか持てず、到底近付けないものだから

自分以外、所詮縮まる事のない距離なら

やる事なんてひとつだけ。

 

 

 

 

 

 

 

話しは全然関係ないけれど、お休みが多いので

周辺の散策をしてきました。

清里から美し森まで八ヶ岳公園サイクリングロード内を徒歩で上がっていきましたが

うねうねしてて、うんと時間がかかりました。

車の道をまっすぐ行けば1時間程で着けそうでした。

 

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サイクリングロードを抜けて

美し森展望台へ。

 

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この辺から更に上を目指せば、赤岳まで行けるみたいです。