fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

何もかもすぐに怖がる私にとって

案の定、やりにくい相手が出来ました。

でもその相手には怖がるというよりも

怒りや憎しみが出てきてました。

 

ここの農家さんは、みんなと仲良く過ごしてもらいたいとか、いい思い出を作って欲しいと

よく言ってくれるような農家さんです。

 

やりにくい相手というその人は

一貫してみんなと打ち解けるような事をしない人で、それは今まで来てた人達が帰ってしまうほど

と言うのを最近になって聞くようになりました。

 

私もどこかで、傷付けられたという想いがありました。同時に傷付けたとも思っていました。

でも結局は全部自分が許せないものだったと

分かってきました。

 

相手が傷付いたとしても、私にはどうすることもできない。

自分の心だけは唯一自分で癒せる。

 

怒りや憎しみで一杯になって溺れたら

後はすぅーっと浮いてくるように。


その感情を認めて感じていく。


 

私はルールを守ろうとする真面目なタイプです。

真面目というのはすこぶるやりにくいけれど

とりあえずこのスペックでやるしかなく

 

お世話になってる農家さんの言う事を守りたいという思いがあるし

私もその考え方や在り方に影響を受けています。

 

そして所属すると、長の言うようにすべきという思いも出来上がってきます。

影響を受けてる人なら尚更です。

 

 

そのやりにくい相手に、こうすべき、ああすべきを重ねる度

苛立ちが募りました。

 

でも結局、その人の在り方はその人のものなんです。

 

みんなと仲良くやる事さえ

すべき事だと決めた途端、それをしない相手は悪に変わってしまう。

 

その人はそのまんま、テコでも動かない。

それなのに相手にどこかで期待してる。

変わってくれる事を、こんな風に動いてくれる事を…。

ここで楽しい思い出を作りたいと思ってる農家さんも、そして私も。

 

 

その人の今になんの期待を寄せる事なく、

会話さえなかったとしても構わないと思えたら

 

やりずらいと思っていたその相手といる時間は

苦痛ではなくなりました。

 

 

やっぱり極まらないと抜けません。

 

その感情を認めることが、絡まった紐を解く方法。

 

今私は怒りで、そして憎しみだと

出てきたそれを認めること。

 

そして相手を諦めること。

それは自分の執着を手放すこと。

 

 

今は色んな人から

それこそ色んな生き方ができるよってお手本を

見せてもらってると思うから。

 

本当にどんな生き方をしてもいいんだよね。