幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

正直に言いますと

ここのところずーっと、何にもしたくありまてん。

 

だから仕事も辞めたんだけど。

そのくらい気持ちが乗らない。何しても。

自分の好きに触れても、気乗りしないこの感じは何なんだろうと思う。

そういえば、前もこんなことあったような…。

どうゆうタイミングでくるんだろか?

それはもう忘れてしまったけれど。

 

私は目標を立てるタイプではないから

そうゆうことはしないのだけど

実は今年、漠然と胸の内に閉まってある目標というのが密かにあって

それは「心と行動を一致させる」というものなのだった。

 

で、漠然と持ってるっていうのが良いらしく

掲げてるつもりもないから

絶対にそうしようみたいなことにはなってないし

第一、目標そのものをやれる勇気が自分にあるかいな?というのもそうだし

ってなると果たしてそれは目標なのか?ってことにもなりかねないのだけど

まぁ、そのくらい緩く

でもやってみてもいいのではないかと思ってるものだった。

 

なんとなく頭の隅にそれがある為に

気持ちの中で立ち止まるポイントが来た時の選択は

結果的にこころの方を優先させてることが多くなってきてる。

でもそれは結構怖いわけで、そして痛いわけです。

でも、自分でも気付かなかったことに気付けてきてるのは確かで

選択がかなり変わったのも確かで。

そのくらい自分でも分からずに

自動的に物事を選択してる生き方をしていたんだなと思った。

自分が望んでるものを犠牲にしてることに気付かないんだよね。

気付きづらいようにうまく作られてるんだよね、多分。

うまく操られてるね、僕たち。

 

なんて、戯言を言いながら

実は今日のイベントも乗らないのが本心だったりする。

だからこそ、周りの人に感謝しかなくて

申し訳ないってより、ありがたいって気持ちだけだよねっていう。

 

だから今日の夢ノートのプレワークショップは自分の為に開くようなものかなと。

だからプレじゃなくて、ガチだよね。

何にもしたくないと言いながら

何もしないことに没頭できない。

なんかこころが落ち着かない。なんだか時間がもったいない気さえする。

だから問いかけていく。

気持ちなんて待ってないで、強引に。

ただやれっていう、それだけ。

 

そしてこのツールが

結果に期待を持たせないっていうのが実は良いんではなかろうか。

だって「魔法の夢ノート」とか名前もやる事も甘々なクセして

脳科学的にとか心理的にとか説明する人がしたら、

それがちゃんと理にかなった手段だからだろうね。

まるで怖い女の人みたいね。

 

そして一人でやるより、それをシェアしていく場の方が

これからは色々早い気がする今日この頃。