fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

嘘がいけないですって⁈

嘘が嫌い!

 

というのは聞いた事があるけれど

だから嘘はそうやって結構悪者扱いされるイメージがあって

そうゆう私も嘘ってよくないよねと思ってる口。

 

嘘に寛大でないと、隠し事なんかも自然にタブー視していて

 

本心と外側の現実のズレに

居心地がだんだん悪くなってくる事があった。

 

例えば、最初は本当にそれに惹かれたけど!

興味あります!

 

なんて言っても時間が経ったり、実際に経験してみて違ったり…

諸々の理由というか理由もなしに

なんかやっぱり違った、があったりするのだった。

(残念ながら、基本私はこんなんばっかりです)

 

嘘つきはいね〜か〜、なんて鬼に捕まる前に

「嘘付き悪い子ごめんなさい」と白状するのは

自分の中の鬼に耐えられないからなのだけど

 

そうゆう厳しめの鬼が自分の中にいると

他人のそれも許せないというを今更ながら知った。


でも許せない状況ってなかなか辛いもので。

 

嘘も隠し事も、何かを守ろうとしてする事が多い。

明らかになるというのはある種、衝撃を伴うものだから、できる事なら穏やかに今のままでいきたいというのも本音として持っていたりする。

そして守ることで壊れなかったりもする。

衝撃を伴って、壊れてしまうものが出てくることは避けられないから。

 

だから、結局は何を優先させたいかで決まるのかなと思った。

 

私は結局、自分の鬼に負けて白状したのだけど

それは自分の移ろいやすい心に従う事を

優先させたいからだった。

それが良いか悪いかと言われれば、人によるのだと思う。

ただ今は、そうゆう選択をしたのだった。

もれなくリスクも付いてきてるけど。

 

なまはげのような怖い鬼が住んでるので、心では本当はこうなんだけど、現実は違う事してる、

なんて期間は相当辛かった。

それこそ、あの時なまはげが責めまくってきてたから

というのは今更分かったことで

 

厳しめのがいると

あれも嘘、これも嘘、ってちょっとしたことなのに

それもお茶目に許してね

なんてことも通用しないので

そうすると嘘ついたと自覚する毎に

ちっちゃな罪悪感が生まれてぷかぷか浮いてきたりする。

うーん、厄介!

 

だから許容範囲は広い方が楽でいいよなと思ったし

嘘や隠し事を悪いという前提として決めつけなくてもいいかもしれない。


だって世の中には優しい嘘もあるらしいから。


そして許すも許さないも自由に存在してるから

許せないならそれでいい。

 


自分の中が穏やかでいられないことは

ある種にサインなのだというのを感じる。

 

自分の世界の中の戦いが減るほどに

うまくいくというのは嘘ではない気がしてる。

 

ここまで書いてなんだけど

自分の中の厳しさって結局どのくらいのもんなんだろうね。

お前は甘い!なんて言われれば

そうですよとしか言えないんだけど。

 

沢山の厳しさや優しさがあって

それに触れる度、自分の中の持ち物に気づかされる毎日。

 

今日をどうもありがとう。