fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

仕事は辞めることにした。

 

今朝思ったのは、全ては考え過ぎてるんだろう

そう思う事で

 

そうする事で答えを出そうとして来た。

 

でもこれも今朝の事になるけれど、「独学の極め方」という記事を読んでいて

 

私の欲はシンプルに誰かより知っていたいという事に尽きる気がした。

 

表向きは

もちろん苦しみから逃れる為に、その原因を突き止める為に

私は私の傾向を知ろうとし、過去に考えたあらゆる事や自分の感情を振り返って

探すけれど

 

様々な事に気付いてわかる事で、誰かの苦しみのヒントになるかもとも思うのだけど

 

わかる事に喜んでいるのは一体誰なんだろう?

 

 

優越感を満たしたくて仕方ないのだ。

 

 

誰かの気付きも、知識も私を助けるものにならないのは

私が自分に向かないからだった。

 

 

外側の事はその程度の関わりでしかないのだと思う。

外側のささやかなきっかけを膨らませるのは

全て自分なのだと思う。

 

 

独学を勧める大学教授の記事の中に

 

「知っているということの価値は、大きく下がってしまいました。」

 

今はスマートフォンがあればどこにいても情報を取り出せる時代

 

そんなことが書かれていた。

 

私が費やしてる時間の多くは、

本当は自分の優越感を埋める為だけの行為だったのかもしれない。

 

その為に苦しみさえ自分で作り出しているかもしれない。

 

苦しんで、学んで、知って、経験して、気付いて…。

 

ただそこを満たしたい為だけに

たくさんのお膳立てを自分で用意して

 

周りの人を利用して、周りの環境を用意して。

 

私のしたいことは

優越感を埋めることだったんだろうな。

 

 

自分が反応する人は自分と同じことをやっている人のように思う。

その人を認められないのは、自分でもそうしながら

自分がそれを認めてないからなんだよ。

 

だから、自分の中の矛盾を愛せたらいいね。

 

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そして、こうして生きてきてる私は誰よりも

エゴイスティックなんだと思います。

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