幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

あの時はそれが憧れだった。

生きることが耐えられない日々を過ごしていた頃に

影響を受けていたものは、昨日の日記にも書いたとおりで

昭和60代から70年代に活躍していた人たちの作品や表現やその活動が

面白くて、大胆で、憧れだったんだと思う。

澁澤龍彦寺山修司横尾忠則も…

 

街や世間を巻き込んでハプニングと言われるような大胆な活動に

タブーを表現したり、目を背けたくなるようなことや、口当たりのいい何かで済ますことを許さないと言わんばかりの表現者たち。

美しさって本当にそれですか?って

じゃあ美しいってなんですか?

そうゆう疑問を思わずにはいられなくなる。

 

 

今思うと私は確信的にそれをやってきたと思う。

あえてそうしてきたんだと。

もちろんあの頃の本人はそれは無意識で

ただ苦しんで、いつも被害者で自分のせいだったけど

そうしていたかったんだと思う。

 

言い換えれば、趣味の悪いただの変態とも言える気がしたり。

 

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あの頃は一番これがやりたいことだったんだと。

そして、それを残したかったんだと。

私は自分で自分を撮りながら、悪い気もしながら、辛い気持ちを引きずりながら

でもどこかしてやったりを感じていたんじゃないかって

いつかこうしたかったと声にならない小さい声を聞いてたんじゃないかって。

 

撮りたいものが撮れないジレンマも弱い自分のせいにしてたけど

今写真から離れて思うと残したかったものはしっかり残せていて

やっと自分自身がそれを認めた感じがする。

 

本当に苦しかった。本当に辛かった。それは嘘じゃない。

全然抜けられなかった。いつも怖くてたまらなかった。

自分に触れるのも、人に触れるのも怖くて仕方なかった。

傷付きたくなかった。いつも泣いていた。すぐに涙が出た。

 

あの生き辛かった日々を、今の私がやっと愛おしいと思えるようになったから

今はこの写真がとても好きだと言えるし、これが撮りたかったんだと言える。

 

でも、それで終わり。

 

過去でしかないから。

 

愛おしいと思えても、もうそれは行ってしまった。

 

今をもっと大切にしようって

 

いつもそれが出来てないから

 

過去を今大切に出来ましたって言えても

生きてる今に同じ心持ちでいられるような生き方を1度もしてないから

 

今を見て。

今感じてる、触れてるソレを一番にして。

たとえそれが、耐えられそうにないものでも、許せなくても、怖くて不安でも。

 

その不安がってる嫌っている醜いと思っている自分に許可を出して、

今すぐに。