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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

本当に切り替えられない、のかどうなのか

自分の気持ちを言葉に出来るときは、ある程度冷静を保ててるからだろうって思った。

正直、今は書きたくないって思ってるけど

それでも書く事で冷静さを取り戻すべく、ずんずん沈んでいきそうなネガティブモード真っしぐらを食い止めるべく、

とりあえずこうして書き始めてる。

 

最近読んだブログでこんなのがあった。

 

「自分の素晴らしさを

めちゃめちゃ認めるか

 

自分の醜さ、ダメさを

めちゃめちゃ認める。」

 

素晴らしさと醜さを認めるのは同時におきる。そのふり幅が、お金のパイプの太さ|魔法の夢ノート〈100%自分を生きる。ワクワクライフのはじめ方〉岡田みな子

 

 

相変わらず自分で答えが出せないからなのか、人様のヒントをかき集めてたりしているのだけど

今の私のやり方がそれならそれでいいとして

 

私は自分嫌いが激しいからか

醜さをダメさを諦めていく方がうまくいく気がする。

現にそうやって、結構なダメさを許せるようにはなってきたかなと。

 

 

私が未だに許せていない事は外見の事で

太ることが怖いと未だ言っていて

過食して吐くというのも、その恐れが強いからだと思ってる。

ただ本当に太るのが怖いというだけで

食べたものを戻してきたのかと言われると、それはちょっと違う気がしてる。

 

過食嘔吐をする理由の一つにはストレスを一緒に吐き出せると思ってるところがあって

実際吐く事でスッキリもするのは、脳内からそうゆう何か?が出るからというのを

どこかで読んだ。

で、ちょっと調べたらやっぱり出てきた↓

 過食嘔吐の原因と対策 脳内ホルモン編 - Yahoo!知恵袋

 

ストレスを感じると食べ出して、吐き出すというのをやり始めるみたいだった。

 

自分の不安や恐れが強くなると、その行為で全てをなかった事にしたくなる。

 

今正にその最中なのだけど、過食だけして嘔吐無しの2週間(経ったかな?)で

もちろん体重は増えた。

 

過食だけを続けるのは実は始めてで、太る事を怖がる自分にとって、吐かないというのは苦痛だったりする。

 

吐く事への罪悪感はとっくに諦めたのだけど、太る事への罪悪感は全然だった。

 

で、その許せないを

太ってもいいというのをやってみている。

 

外側に太ってる人がいると私はそれだけで醜いレッテルを貼る。

でもそれは悪いと思っている事が自分の中にあるからだった。良いか悪いか決めてるのは自分で、相手はその写し鏡のようなものだった。

 

 

私がそれを許さない限り、自分の中の醜さは消えないし、どっちでもいいって言えない。

もちろん顔もそうで、自分の劣等感や他者との比較を止められないのも、自分を認められないのも、自分がその醜さを認められないし、許せないからだった。

 

外見だけじゃなくて、今まで許せないと思っている事に関して

全部同じパターンを辿ってると思った。

 

許すまでのメカニズムは多分、自分がその許せないものになる事。

 

新しい環境では決まって自信のない素振りや、垢抜けない感じがチラチラ見えてしまう。

それを私は全て一括して外見のせいにしてるだけなのだ。

多分それは、小さい時に言われた一言だったりするのだけど

それを気にしてるような時間はとっくの昔に終わってしまった。

今やるべき事があるのだから、それに集中すればいいだけだった。

 

 

さっきも書いたけれど

「自分の不安や恐れが強くなると、その行為で全てをなかった事にしたくなる。」

 

私は自分の中にそうゆうものが少しでも出てくるとそれを許さなかった。

だから、食べて吐くというのはそれらを回避する為の行為なのだけど。

 

でも、そんなの無理だった。体を利用してすべてはつもりで済まされるだけで

 

だからいつまでも繰り返される。

 

行動すればするほど、出会いたくないものと顔を合わせなければならない。

出会わない為に波風立てず、というのもありだと思う。

でもそれでは勿体無いと思うようになってしまった。

新しく何かをすればこうなる事は分かってはいた。

またあの時と同じような苦しみを抱えてしまうかもしれないし、自分で行き止まりを作っては、にっちもさっちも行かなくなるようなやり方や思考は消えてはいないから。

 

でも最近このブログにも書いているけど、思ったら行動に移すようにしてる。

恥ずかしいし、いたたまれない感じとか、怖さとか、だらしなさとか

全部それって私が嫌いな私だった。

 

今もこうして自炊もせず、パンばっかり食べてる。

すると出てくるのは自分がやっぱり面倒くさがりで、女なのに料理もできなくて、しかもどんどん太ってって…

みたいなところの嫌われたイメージを膨らませて萎えるのだけど

 

でもそんな状況の自分をいつまでも嫌って、誰かの目を気にするのを優先するのではなくて

そうゆう一面も自分にはあるって認める事だし、それだけじゃない一面もちゃんと見る事を忘れないようにしたいと思った。

 

どこを沢山見てる時間が多いのかは重要だし、出てきたら認める時間も必要だし

そしたらムダな時間なんて、どこにもなかったんだって気付けるような気がするから。

 

だいたい悪い事の全てを外見だけのせいにするなんて、私の体がかわいそすぎるし。

 

 

 

それと今ふと思ったんだけど、

逃げるとか、見ないようにするとか、すり替えるとか、言い方は色々あるけれど

自分の不安や緊張や恐れという痛みから、食べるという行為で自分を守ってるとも言えるような気がして

そう思ったら、良い悪いは別として

過食嘔吐さえも自分を守る為に自分が選んだ方法だったんだと思えた。初めての感覚。