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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

言ってる事も、思ってる事も

言ってることも、思ってることもいずれ変わっていく。

私なんかは特にそう。

 

どんなに本物だとその時は思っていても、先のことなんて分からない。

昨日書いた事も嘘ではないけれど、どこかで変わってしまうと思っていたりする。

過去を見ればそれは明らかで。

ずっとそんな自分は逃げ癖のついた弱虫だと思ってきた。弱虫って言えればまだ救いようがある気がして

だって弱虫って弱さを可愛がってる言い方だから、それがあっても構わないって前提だから。

 

私と関わって私を信じてくれる人がいて、確かに私も信じているけれど

人の中にいるのに私は不在で、繋がりを築きながらもどこかでずっと一人だと思ってるところがあるのかもしれないって、ふと思った。

 

それは寂しさとは違って、もっと自分でも気づかないところでキツく締め付けられたものかもしれないというのを感じたのは、このブログを読んでから。

 

子宮への依存は子宮を温める(ノ´∀`*)♡依存へのタブーと子宮の冷えの原因。|子宮委員長はるオフィシャルブログ「子宮委員長はるの子宮委員会」Powered by Ameba

 

 

「現代女性って自分一人でなんでも頑張っちゃって頼ることを知らない。

だからこそ、“それを真似たら幸せになれるのに...”という宇宙からのお知らせが来て、

 

自分に頼ってくる人を見せつけられて腹が立つ。

 

そんな性質になってしまっている女性なんかは特に、反対になんでもかんでも自分のせいにしてしまう。」

 

ここに反応できたのは、

職場で私がイライラする場面を思い出したからだった。

 

私は自分が頑張ってやった事があったとしたら、お前も同じように頑張って手に入れろ的な発想があって

そうゆうことが働いてしまう相手に出会うと冷たくなる。

 

多分だけどそうゆう反応をしてしまう相手というのは、自分ができない事にそこまで厳しくない人で、自分の物っていう境界線が緩いんじゃないかって。誰かと分け合えばいいって。

 

 

そういえば小さい時よく母に「オモチャを貸してあげなさい」って言われて

実はそれが物凄く嫌だった。実際それで癇癪を起こしてた。

私の中の嫌な思い出。

大人達が集まって真面目に会合を開いて、何度静かにしなさいって言われた事か。馬鹿か?

今それを思うと腹が立ってくる…

のと同時に、悲しさも出てくる。

 

あの異様な空間で、なんで押し付けられるように過ごさなきゃいけないのか。

なんでイイ子にしなきゃならないのか。

 

多分私はあの時、ワザとたくさんの癇癪を起こしていたんじゃないか。

ワザとその場にいたお友達に意地悪してたんじゃないか。

母に私の方を見て欲しくて、母に私を愛して欲しくて。

 

なんかそれを思い出すと今更悲しくなってきた。

 

結局あの小さい私の癇癪もそうも続けられず、イイ子の蓋して自分の気持ちも分からなくなちゃったんだって思った。

 

そうやって私は自分の殻を分厚くしていって、人の中で自分を見せる事が出来なくなったんだろうな。

 

自分のせいだと思う事が当たり前で、誰かのせいにしても何かのせいにしても

すごい怒られて。

両親が緩くないから、もっとそうゆうの教えてほしかったけど、知らないもんな。

 

緩くいても許されるんだよってこと、ズルくてもいいんだよってこと。

 

本当はそれで大丈夫なんだよってこと。