幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

新しい仕事

仕事を変えて初めての週末。平日とは違う忙しさ。

 
正直、私は今までずーっとずーっと仕事をしてる間中、ポジティブな感情を殆ど抱けないできてる。
だから仕事を楽しんだ事がなく、一生懸命ではあったけど、それは何かを成し遂げる為のものとは違っていたから
自分にできる事が増えても一向に自信に繋がった事もなければ、それが誰かの為だという意識もマニュアル的に持ち合わせるだけだった。
いかにミスをしないか、周りの人間に怒られないかばかりに気を取られていた。
 
気付けば転職続きで、10以上は職場を変えてる。自分でもう把握できない程だから本当はもっとだけど。
だから履歴書をまとめるのも、良いように書くのはなかなか難しくて
今までは自分の履歴をどこか隠したくて、書く度に後ろめたさがあって
ただ今回に関しては、正直に割と思いを込めて履歴書を書いたと思う。
 
入社後に店長とするカウンセリングのような時間があった時
私のありのままに可能性を感じたと言われたのには、正直驚いた。
年齢の割に経験が完成しきってないことが、これからの吸収力に期待出来るということらしい。
それは気持ちに関してもそうゆうことだと思う。
自分には何も持っていないと思っていることや、何も成し遂げられないと思ってること。
でもそれが一から教えるにはいいということかもしれない。
表の仕事をするスタッフはみんな若くて綺麗な女子が多いけど
中の仕事は多分年齢も若いより、着物を扱うだけにこの位の方がちょうど良いのかもしれない。
 
社会の中である程度のポジションを確立してる年齢。
周りは妻であったり母になっていたり、仕事も任されたり指示する立場で、それなりの経験やプライドも持っていたりするのかもしれない。
それぞれが社会という集まりの中で、人との繋がりをある程度築いてる。
今の自分が何も築いてこれなかったとは思ってないけど、年をとればとる程に曖昧だなと感じてしまう自分の立場。
いつまでも根っこがない感覚がする。
 
自分の真面目さにいつまでも気づかないふりをしたくなるのだけど
それももうそろそろ諦めた方がいいらしい。
 
まだ始まって数日だし使用期間内に何かやらかしてしまう可能性もあるだろうし、不安の可能性なんていくらでも作ってるけど、
もしこの仕事を続けられることができるなら私は他に何か探そうとしなくなる気がする。
 
自分である為にこれが出来ますっていう主張をどこかでしてた気がするから。
 
初めて自分の一生懸命を自分の為に使ってる気がする。
それは誰かの求めていることに応えようとしていることとイコールで
少なくとも今は、先に待っているものが自分が傷付かないようにする為でも、自分の守りたいものでもなくなってる。
 
こうゆう感覚になるのは初めてのことだけど、
この意識がどこかで崩れてしまうかもしれない不安は、幸せになるのが怖いという不安とすごく似てると思った。
 
 
それと、ブログをコンスタントに書きながらやっぱりアクセスが気になったりする。
全然ないし増えないけど。
自分の思ってることに共感が欲しいからだろうし、誰かに見てもらっているというのは私は一人じゃないと思えるからで。

でも自分が書いたことが万人受けする必要なんてどこにもないんだなと思った。
今日その日に感じたことが
たまたま通りすがりの誰かに触れるだけでもラッキーだし
その日にあったことを静かな小説を読むように淡々と綴れればいいと思った。
きっとそれぞれの人生は言葉として残らなくても
現在進行形で今も綴られている最中なのだから。