読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

心が動いたと、前の日記に書いた。

 

社交辞令でするお別れの挨拶が嫌いだった。日本的な作法が面倒だと思っているのに自分はそうしていた。

心を込めることが出来ないから、そうゆう表面的な日本的作法の便利さを利用してる自分がいる。

 

正直、今までもそうゆう贈り物をもらってきた。でも私は相手の気持ちにいつも「どうせ」という疑いをかけることの方が多かった。

それは別れのたびに相手からの行為を形式として見てるからだと思う。

自分がそうしているからだった。

 

たくさんの出会いと別れがある。でもどの人にも同じように心を開けるわけでもなかった。

自分でもやりずらい人間だと自覚しているくらいだから。

 

でもそれでいいと思うようになった。

もう誰とでも上手くやろうとは思わなくなった。

 

 

今回もらった別れ際の挨拶にただ嬉しいと感じた自分の心が、水を得た魚みたいだと思えた。

今の私には流そうと思って、なかったことにしておこうと決めていたことがあって

それは心に鍵をかけることなのだけど

 

人からの行為に嬉しいと感じたそのきっかけもあって

鍵をかけるかどうか、揺らぎ始めている。

 

でもそれはとてつもなく勇気がいることだった。

 

きっと流してしまっても問題はなく、むしろその方がいいように思う。

 

行動に移したら

年齢、見た目、自分の考え、存在そのものを私はまた否定してしまうかもしれない。

そのくらい怖くて、リスクしかないと思えるようなこと。

 

でも自分の心を大切にしようとするなら、とてつもないと思ってるその勇気を出さないといけなくなる。

 

実際行動に移せるかどうか、迷っている。