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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

不穏な空気も

 

上手くやりたいと思う時は、上手くいってない現実があると思ってるから。

 

でもどんな状況でもストーリーは無限なのかもしれなくて

自分を陥れることもできるし、軽やかなステップで踊ることもできるはず。

 

いつもなら決まって踊れない方を見てきて、自分の粗探しを始めるけど

例えば、こうなった原因は私にあるから

あんな事やこんな事をしたから、私はあの人からみんなから受け入れられないって。

 

私は誰かの言う「この現実の全ての原因が自分にある」ってまだ思えないから

そう言われてやってしまう勘違いが上のような事だと思う。

悪い現実は悪い自分のせいだと責める事。

 

私がやらかしてしまってる過去なんてたくさんあって、

今なんて嫌われるから制限していたことも、だらしなく解放し出してて

 

でもそれをやってみて思ったことは、相手に対する信頼なんだと思う。

 

あんなことをしても、こんなことを言ってみても、それでも許してくれる人もいるんだって知ること。

やっぱりその逆もあって、離れる人もいること。

 

でも私にとってはこんなだらしない私のままでも許してくれて

離れないでいてくれる人がいるって知ることの方が大きい気がした。

 

いじめられた経験があると、どうしても自分をよく見せようとする癖と媚と

気付けば自分の過去の行動を遡って

あんな事したから、言ったからと原因探しに時間を割いてしまってるけれど

 

上手くいってないと思ってる現実さえ不幸せの理由にはならないというか。

相思相愛が幸せか、嫌われる現実が不幸せか、

これが円満であるって決めない方がなんだかとても自由な気がして。

 

誰かを不満にさせてしまうような自分がいても、誰かに依存されるような自分の存在も

悪い私がそこにいるからと最初に決めないままで

今の状況をクルクル踊ってしまいたい気分だったりする。

 

 

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