幸せのためのエッセイ集

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私の中の怒りの姿

母のことで、当時の自分が本当は母にどうして欲しいのか

という自分の想いに気が付いたことは大きいのだけど

居心地がすこぶる悪いというのが印象で

体調もなんだか悪くなるくらい。左目は腫れてくるし体も怠い感じがしてた。

 

自分の気持ちを抑圧することを覚えてしまった私は

今の今までどの気持ちを抑圧してきてるのか。

「母のこと」でも書いたけれど怒りという感情なんだと思う。

 

正直、「母のこと」を書いてるその時はそこまでわからなくて

その後もただモヤモヤしていたんだけど、そのモヤモヤする原因て

やっぱり怒りなのかもな程度で。

 

 

今私はシェアハウスで暮らしているのだけど、自分以外の人たちと暮らす生活は

良くも悪くも色んな価値観が混ざり合っていて、許容範囲も人によって様々。

そこでちょうど自分の怒りを感じる場面に出くわして、今までなら言わないで済ませていたことをあえて伝えることをしてみた。

自分がずっと抑圧してきてるってことは、そう思うことを自分に許してないから

伝えた後の方がなんだか居心地が悪かったりする。そうゆう自分のキャラが嫌だというか。

 

今の状況や過去の状況をほじくり返して、私はこのままでいいのかとか、モヤモヤはいろんなことに手を伸ばしていくのだけど

それでも抑圧してるものが怒りだったとはまだ言えない感じがした。

怒りという感情だけ取り出してもしっくりこなかった。

とにかくいろんなブログ読んだりしてたんだけど

思い出させてくれたのは友人がこのブログにコメントをくれた時だったりする。

 

私は子供の頃にキャラクターが一変するのだけど

そのきっかけは引越しを機に新しい学校で無視されることだった。

母に続き輪をかけてそんなことになった為か

私が自分を抑圧する行為は確固たるものになってった。

 

一変する前のキャラクターというは

言いたいことをわがままにいい、怒りももちろんそこにあって、相手と言い合いになって泣かせてしまうこともしばしばだったような我の強さだったりする。

その子供の頃の私自身を今の今まであの頃は酷かったと否定していたし

嫌いな私としてずっと心の中に君臨していた。

 

キャラが変わる話は友人にも結構話していたりするから

私が怒りを嫌う理由は、そうやって普段から何気なく口にしたことがあるようなレベルですぐ近くにあったりしたのに気付かないものだった。

というより、自分がただそうなることが嫌なだけだった。

でも他人にどう思われるかが付きまとうような生き方に、もう限界を感じてきてるのだと思うから。

 

あの頃の嫌いな私に帰るだけなのかもしれない。

私が私らしくあるというのはただそれだけのことだったりするのに

大人になってしまった今の私がやろうとすると

こんなにも大変なことになるなんて思ってもみなかった。

 

ただ怒ること、ただ自分の不快な気持ちを相手に伝えること

今でも勇気がいること。

これからは小出しにして慣れていくしかなかった。

 

でも、そうする事で私は始めて自分の足で歩けるようになるのかもしれない。

行動を起こせるエネルギーはそうゆう激しさが必要なのかもしれない。

 

 

嫌われることも相手の自由だと相手の心に顔を突っ込まずに

 

大好きな猫のように、お気になさらずって態度が憧れだったりするから。

 

 

 

 私は子供の頃の自分自身を嫌っていたけど、こうゆうのもあったんだ。

怒りを、まだまだ、自分に許せていない。怒りのエネルギーの使い方って?!|田中みっちーオフィシャルブログ

 

 

そして記念すべき100記事目でやっと私はあの頃の私を許せるなんて

私の中がひとつになっていくと涙が出るんだ。