fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

その想い、ちゃんと分かってる?

誰かを好きになっても、誰かを嫌いになっても

その想いに素直でいることが出来るなら余計なことはしないのに

いつもその最初の想いをなかったことにしようとするから行き場がなくなって、

余計なところにはみ出てしまう。

 

その気持ちは何の替えもきかない。

 

 

愛されたいといつもどこかで願ってた

誰かを好きなその想いを誤魔化して

誰かを嫌いなその想いを飲み込んで

誰かに愛されてるその証拠があれば

私でいられるなんて

 

あなたにどう思われるか?

いつもそこに引っかかって何度も立ち止まった

私は何者で、あなたは何者で

肩書きや立場ばかりが心を奪った

でもそう思う前に先に感じてるものがあるはず

あなたを考えるより

わたしを見て

その「する」という行動はいつも自分に使って

あなたにかける言葉はいつも自分への言葉

 

あなたに出会って出たものが地を這う蛇なのか

それとも空を舞う鳥なのか

 

あなたのせいじゃない

全て私のせいなのだ

 

 

私はずっと自分を責めてきたから、自分のせいにすることは一旦止めていた。

そうでもしないと自分を敵だと思う事を止められなかったからだけど

今はその全てを自分がたぐり寄せたものだと言いたくなっている。

 

好きな人に出会った時やその逆や都合の悪いルールや許せない行為に対して

相手や行為にではなく、その時に自分が感じたものに丁寧に付き合う時間を増やすようにしてから

自動的に反応してる事の多さに気付くようになった。

 

1+1=2

みたいな方程式のように

同じ結果になると思い込んでることの多さとその結果をいつも

自分の中に用意してる。

痛みを伴った過去の経験がその人の中で崩れることのない方程式になるのは、

反応として当たり前のような気もした。

でもそれに気付くのは少し時間がいる。自分以外のせいにする方が簡単だから。

 

=の後にくるものは本当にそれなのか?

もう一度考えたほうがいい。

 

自分を苦しめてきたものは間違いなく自分だった、そう言えた時

その方程式を作ったのも自分だから変えてもいいって言えるんだと思う。