fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

書くことについて

突然だけど、「自転車」というテーマについて700文字以上で書いてみる。↓

 

会社へ向かう手段として電車を使うのは東京では一般的だが、朝の通勤ラッシュにヘトヘトな人は多いと思う。

私は交通費を浮かせる為にせこせこと自転車で通勤していた時期が何度かあり、30分かけて職場へ通っていた。交通費以外にもラッシュには巻き込まれず、健康にもよいという利点が勝って雨の日以外はほぼ毎日使用していた。

ギアもかごもついていないオプション最低限の無印の20インチがマイチャリだった。

小回りはきくし坂道はタイヤが小さいからスイスイ行ける、なかなかやり手な自転車だと当時は自負していたのだけれど、私はそれ以外の自転車を知らなかった。もちろんママチャリにも乗ったことはあったが、そんなことはすっかり忘れて愛用の無印20インチにぞっこんだった。

職場も変わり自転車通勤から離れ、朝のラッシュに疲れを感じていた頃「そうだ!自転車で通ってみよう」と思い立ち実行してみた。

もちろん体は疲れたが、案外都内は自転車で回れるかも!と思えた大きな一歩になった。密かにやってやったと自信をちらつかせつつ、それを同僚に報告した所「そんなちっちゃいタイヤでよくやるな(笑)」と心が砕けそうな一言をくらってしまった。

つまり私はその小さい自転車しか知らないが故に、もっと楽にかつ速く走れる自転車を知らなかったのだった。

その後、友人のお下がりでプジョーのマウンテンバイクが私の元へ来た。今も愛用している丈夫な自転車だが、もらった当初は既に赤い塗装は若干ピンクに見える色落ち具合で年代物の貫禄が凄かった。そのせいなのか盗まれるということはまだ一度もない。

あれから8年は経ってるだろうか。今は都会を離れて田舎でこの自転車を相変わらず乗り回している。通勤に車を使うのが当たり前な地方の人達からすると、自転車通勤というのもまた「よくやるな(笑)」の域のようだが、こちらへ来てから丈夫な自転車はメンテナンスをすればずっと乗れるというのをますます実感する。

まだタイヤは変えていないがチェーンを変えたり、何度も倒してるせいかスタンドやサドルも変えた。ブレーキは定期的に調整してもらっている。お金はかかるけれど手を加えることで自分の身を守るというような事にも意識がいくようになった。

自転車も安価なら買い換えるという選択をしがちだが、0円で手に入れたものでも、お金をかけて長く付き合うことで物の価値というのは決まってくるのかもしれない。高いものには価値があるというのが、そこに沢山の人の手が入っている結果というのをこの自転車に教えてもらってる気がする。

 

突然こんなことをしてみたのは、今までなら書きたい時に書きたいことを制限なく、といった感じで自由にやってきてるわけだけど、

はたして自分は制限つきで書くことができるものかと思ったからだった。

ブログを始めてから割とコンスタントに書き続けているのを知ってる人はごく僅かだと思うけど、この「only one lifestyle」というブログにしてからは、誰かに向かって書いてるというより、多分自分に向かって書いてるという感覚が強い。

以前は人にどう読んでもらえるかとか、私という人間が特別である為にそれを使うという具合だから、言葉を装飾品のように組み合わせで使ったり、表面的でどうでもいい細かい所に気を配って拘っていた感じがする。

認めてもらう為の道具を手に入れたくて、それらしいものにチャレンジしてはものにならずに終わるというのを繰り返してる。どうも私にはそうゆう方向に走る癖があるみたいだから。

本当は表面的なことはどうでも良かったりする。だから目に見える事だけにこだわっても自分以外に広がっていかない。

どんな想いでそれをするのか。

プロと言える人たちの執着はきっと我を超えてるのだと思う。

「自分のエゴを埋める為にする何かは、自分を取り巻く世界に関わりを生まないようだ」というのを、ここに見に来る人の数が教えてくれてるみたいだから。