fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

人を好きになるってどうゆうことだろう。

 

 

voguegirl.jp

 色んな占いをちょいちょい見ながら、でもそれが自分の生活や思うこととリンクしてることってあんまりないと思っていたのだけど

しいたけ占いというのに出会ってから、書かれてることが自分のやってることとダブってることが続いてて結構参考にしてる。

今週書かれていたことは

『「私の苦手なもの、ようこそ」と迎えてみてください。』でびっくりした。

というのも、実際苦手な相手や自分の中の嫌な感覚をどこまで冷静にそれを見ることができるのか、みたいなことをやろうとしていて

例えば職場で、例えばあの人の前で、緊張してしまう状況で…私はいつもそれらと出会わないようにすることばかりしてきた。

仕事が続かない理由だったり、彼氏が出来ない理由だったり、

自分を責めるのだってそうやって責めるだけ責めて叩いて

本当の気持ちを誤魔化そうとしてるんじゃないかって。

 

だから自分の中にある自分に優しくするとか、自分を許すとか、自分を好きになるとか、自分に厳しくしないこととか…そうゆうイメージを持とうとしている。

そうした時に私はいつも母と子供という関係性を使って心の中を整理していると思う。

このブログを継続的に読んでくれてる人は多くないけど、読んでいたらそれに気付けるんじゃないかなと。

でも今朝あるシェアを見つけた時、自分を受け入れる方法の一つとして男性と女性を使うというのがあるのかもしれないと思った。

 私は男性と一緒にいる経験がないから、実はそうゆうイメージを掴めないでいるのだけど

そもそも人を好きになるのも嫌いになるのも本当に心が先なのかなって、思うことがあって

今の私は優しくされるだけで簡単に人を好きになるような所があるかもしれなくて、しかも決して愛されないような相手を選んでるような所があるのかもしれなくて。

 

好きな感情を抱く相手にされた一つ一つにどんなことを感じてるのかが見えた時

私はいつもその人から貰うことばかりを望んでいて

相手への心配だったり、何かしてあげたい気持ちが薄っぺらくて

例えば優しくして欲しいこと、触れて欲しいこと、愛してほしいこと、自分だけを見て欲しいこと…ばかり欲しがっていて。

好きになればそうゆう感情は出てくるとは思うのだけど

でも実際相手がそうしてきたら私は本当にその部分に委ねられるのかがちょっと微妙だと思ってて、

だから決して実らないような相手を選んで自分から勝手に好きになって勝手に一人で貰えないと嘆いてるんじゃないかと思ったりした。

好きにはなるけれど何の関係にも発展しないから、そこから出た痛みが錆びてしまうまで同じことを何度も繰り返してるような気がする。

恥ずかしさや、もどかしさや、満たされない気持ちや…関係性の中で出てくる痛みを見ないようにしてるか、お酒とか食べ物とかそうゆうもので無かったことにしてる。考えて、責めてごちゃごちゃにして見えなくしてる。

好きな相手ができた時、大切にしたい気持ちってどこのことなんだろう。

 

自分で自分のことを埋められないから、他の誰かに埋めて欲しいんじゃないかって思った。

そんな状態で繋がる相手がいるとしたら依存の関係でしかなくて、とても辛い間になりそうな気がした。

でもどんな関係であっても実際に繋がることで人は学んでいくのかもしれないから、恋愛の経験は多い方が豊かな気がする。

 

与え合うことができる関係は依存では難しくて、ちゃんと自分のことを自分で大丈夫って支えられて初めて良い関係って築けるのかもしれない。

 

今の私にできることは傷付いたと思うなら、それは相手のせいでも自分のせいでもなくて自分の痛みを抱え込める包容力を自分の中で作っていくこと。

それは自分の中に母を住まわせることだったり、男性を住まわせることなのかもしれなくて、両親であれば縦の繋がり、恋人であれば横の繋がり

 縦だけでも不安定、横だけでも頼りない。バランスを保つのに手を広げるのと一緒。縦横斜め、そうやって柱を増やして安定させていく。

良い関係を築く為に、内側でも外側でもそうゆうアプローチを自分でしていくことが大切な気がする。