読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

引っ越し前

不安がやたら出てくる。落ち着かない。それにこの暑さ...色んなことが一気にやって来て、雑然としたこの部屋の中を見てると、まるで今の心のなかをごそっと表に出したらこんな感じと言わんばかりの状態。

先が読めない。動くと決めたのもその方がいいから、という漠然としたもので、ウキウキやワクワクを前のめりで感じるほどのテンションもなく。でもこの「なんとなく、その方がいい」感じには逆らえなかった。

できることや楽なことで過ごす日々をずっと求めていたのに、そこには魅力が欠けていることに少しずつ気が付いてきてるのは、生活がギリギリでも好きなことをし始めたからだと思う。それでも今までのようにどこかで出来る安心や楽を選ぼうとする私がいるけれど。

自分に出来ないことがあって、相手からそれでも求められたとき、私は嘘をついてでもその相手から逃げようとする。早く逃げたいから焦ってしまう。嘘ついてでもこの状況を終わらせたいから。
例えば誰か困っているときに私はそれを見てみぬふりをしたい質なのだ、というのを実感する。

アルバイトでいるのもそうゆう理由が大きく絡んでると思う。やることや責任がここまででいいという枠に守られてるから。関わりを線引きされてるから。大きな会社ほどたくさんの細かいルールがある。それはある意味ではそのルールさえ守っていれば関わらなくていいと言えるからだと思う。

だからそのルールから外れるようなときの対応を私は自分で導けない。
自分の落ち度で失敗したときや、お客さんの落ち度で求められたときの私の反応はパニックに近いものがある。
小さい会社で分からないことを誰かに聞ける状態ではなかった職場にいたときは、毎日がそんなパニック状態だった。マニュアルはあったけどルール以外のイレギュラーなことばかりで、そのルールとお客さんの要望の間で思考停止みたいになっていた。

対応に困るようなことに出会うと自分が傷つかない方ばかりに躍起だった。いい加減そうしてる自分から少しでも相手に寄り添えるような対応をしたいと思うようになったのは
相手の要望に答えたいという小さな小さな想いが自分にもあって、その部分を見つけたからかもしれない。

本当は小さな優しさの欠片をみんな持っているのかもしれないけど、恐れの強固な壁はなかなか崩せない。
ルールというのもそうゆう壁みたいなもので、ルールを盾にして自分の立場を守ってたり、大きく出る人もいる。

恐れの壁を強化していけば傷付かないかもしれないけど、自分の心で感じてるものには気が付けなくなる。
守りたいか、それとも壁の奥に見つけた小さな心の欠片を育てようとするのか
きっとその選択はどちらでも構わない。
強化しようとする人達がいなければ、私は自分の欠片に気が付けなかったから。そして以前の私は人と関わりたくなかったし、傷付きたくなかったし、強化することでひたすら守りたかったのだから。
それがしたいことだった。
でも今の私がしたいことは育てる方だってことだと思う。
今見えている小さなその世界にまずは一生懸命でいられることで次は繋がっていく。