fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

今までの整理

友人と湖へ行った。写真をたくさん撮りながら歩きながら色んな話をした。塩の道を歩いて湖をはしごして...
私は案内板の中にあった神社に行きたいとリクエストした。
f:id:haruradio:20150618232334j:plain露光時間15秒~30秒

曇り空の下で映える赤い色の小屋は厠だった。
この奥に神社があって苔むした石の階段の上に御神体があるのだけど、
それは大きな丸い鏡だった。
鏡の前にお賽銭箱があって私は千円札をお賽銭として入れた。見てはいけないような感じがしたけど、あえて鏡に自分を映してみた。それから階段を下りてしばらく木に囲まれた暗い境内で写真を撮っていた。
友人に「鏡が祀られる神社の御神体って映ってるその人のことなんだよ」と話しながら、ふとお賽銭で無けなしの千円を払った自分とその後鏡に映った自分が重なった。
その時、私はこの自分に無けなしの千円を払ったんだと思った。

この神社にいる間、私は子供のように無邪気になっていた。自分の純粋さに驚きつつ、でもそれはもう忘れてしまったはずの子供の頃の感覚だと思った。回りは薄暗いのに心の中では無邪気に遊ぶ屈託のない子供の明るい笑い声が鳴り響いていた。とても不思議だった。
f:id:haruradio:20150619093637j:plain露光時間1分半~4分

携帯で写真はあまりとらなかったけど、ここにあるものはとてもかわいかった。道を歩いて出会う家と花と緑の関係はバランスがとれていた。建物は古いのに怖い感じがしない。蜘蛛の巣さえも綺麗なものに思えた。まるで誰かが手入れしてる庭の中を小人になって歩いてる気分だった。
f:id:haruradio:20150619070520j:plain露光時間30秒~

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帰りの車の中で友人に東京に帰ったときの話をした。主に父親との関係で感じてきた変化のこと。
実は父に愛されたかった想いがあったこと。

それはどんなきっかけで分かったのか。
なぜ愛されたい想いに気付けなかったのか。
なぜ自分の気持ちを分からないほどに心の底に沈めたのか。
無意味に人を怖がる理由が分からなかったのは、自分の本当の気持ちを隠してしまったからだった。

きっかけはエネルギーワークに参加した際に父親世代の方としたハグから、私が隠していた「愛されたかった」という本当の気持ちが初めて見えた。厳しく叱るよりも、もっとずっといつまでも肩車してほしかったとか、そうゆうことなんだと思う。愛されたいなんていっても、最初のそれはほんの些細な想いだったのかもしれない。
過去に病気で倒れた父の弱った手に久々に触れた時、その状況でさえ抵抗のある自分がいた。でもそれが抵抗だと分かるまで時間が空いたのは、自分の中に隠しているものがあったからだった。

愛されたい気持ちに気付けなかったのは、自分で自分の気持ちを隠したからで、そうした理由は甘える人間は社会ではやっていけないという思い込みがあったからだった。
社会人として、大人として、ちゃんとした人にならなければいけないと思ってきた。社会に出るという時に、私はよりいっそう誰かに甘えることや頼ることや本当の気持ちを表現することに対して厳しくなった。
働くことや社会という場所が私には自分を偽ったり、がんじがらめにしながら過ごす場所となった。
同時にその場所に出るということは、自分がどう見られるかという回りの目を常に意識しなければならない針の筵のような所に放り投げられるのと一緒だった。
でもそんな厳しい場所だと思い込んだのも、この苦しみを乗り越えたら、何か特別になれると望んだからだった。
でもその望みも苦しみも含め、自分を変えようと頑張ってきた数々の出来事は、愛されたいと幼い頃に感じていた想いを言えないまま飲み込んで、自分でも分からなくなるまでひた隠しにしながらも、ただその人に認められたいという一心からだった。認められれば愛がもらえると思っていたからだった。

自分が誰かより何かよりいつも劣っているという考えの元はその認められる為の行為でもあった。
あなたよりも弱い自分でいれば誰からも嫌われることはないという広く浅く的な安易さで自分を守ってきた。傷付くことを恐れて人と関わろうとしなかったけれど、傷つくことも嫌われることも、悪いことではなかった。

生きているから。
その全てが貴重なのは、死を目前にした人からすれば今あることやその関係そのものさえ愛おしいと言えるのかもしれない。

自分の素直な気持ちに気付くまでとても長かったのに、分かってしまえば認められたいその人、つまり父の大きさも変わってしまうのだった。
自分より大きなものがあると思っていた。でも存在が対等であることは前提だった。劣ってるという価値観はいつも後付けだった。持ち物や行為や立場や例えば歪んで見える価値観でさえ、量や質で存在を天秤にかけることはナンセンスなことのように感じた。