幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

「それはただの気分さ」

月末に東京に帰っていつもならしないことをあえてしてみたり、友人に会ったりしていた。

でも、何となく空しい感じがする。

期待するなら裏切られることがセットになってることを知った方がいいと思った。でもそれは相手や期待した先が裏切る訳じゃない。だけど自分も責めなくていい。望み通りの結果が得られなくても。
そう、今回の東京は何かを期待していた。

期待したことは両親との関係だったり、友人との関係だったりした。どちらも本当はこうだったらよかったのにという理想があったことに気付いた。とりわけ両親のことで言えば「俺は変わらない」とあっさり言われてしまったし、過去もずっとそうだった。
ずっと変わらないからこそ自分の変化がよくわかった。
気持ちとしてはこんな親子の関係もひとつのカタチと納得して諦める感じだったけど。それでよかった。
愛されたかったし、嫌いだった。そうゆう自分の気持ちに気付いたから、自分の気持ちに正直になれたから、私は本当に言いたいことを物怖じせずに言えるようになった。


相手は変わらない。でも自分の感情として出て来てしまうものはあった。要求を相手にぶつけたくなる。寂しさや、苛立ちがそこにはあった。なぜもっと丁寧にしないのかとか、笑い者にするのかとか、揚げ足をとるのかとか...私は本当は怒っているのだと思う。そして悲しんでいる。
相手にそんなつもりはなくても。これが私の本当の気持ちだった。
でも同時にそう思った自分が恥ずかしかった。飾ろうとする自分が嫌だった。ありのままではいられなかった。自分の醜さが許せなくなった。って言うのはきっと建前なんだと思う。
情けなくても、自分の気持ちを感じよう。
とにかくそうゆうものでいっぱいになりながら東京を後にした。


「それはただの気分さ」っていうfishmansの歌がある。私は友人の影響でfishmansを聴いていた時期があったけど、自分がそれを聴くのは好きだからなのかよくわからなかった。ファッションの一部のようにその音楽を聴いてる自分でいたかったのかもしれないって。
でも今日ほどこの歌の言葉やリズムが沁みたことはなかった。
涙を流すほど感情的にもなれなかった。この歌詞のままだったから。

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それはただの気分さ (Demo 1997)
作詞:佐藤伸治 作曲:佐藤伸治

夜の終わりにその頂上で腰をおろして
弱りきった声で話を聞かせて

Ah-想い忘れたことがあったから
みんなの哀しい御好意に疲れたから

君の一番疲れた顔が見たい
誰にも会いたくない顔のそばにいたい

それはただの気分さ それはただの想いさ
それはただの気分さ それはただの想いさ

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しばらく悶々としていた中でこれを聴いていた。誰も悪くはなかった。相手はもちろん自分さえも。

自分の中に出てきたものに責任を持つことを止めた。ネガティブと言われる感情を解決しようとするのを止めた。相変わらず嫌な想いが繰り返し出て来るけど、そうやってずっと留まっていることがイレギュラーだと騒がずに。
自分の嫌っているいやらしさも恥ずかしさもあるって降参した。そう思っていることに、憂鬱でいることに何の問題もなかった。

それはただの気分さ