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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

願い事は過去形に。

願い事を過去形にすると良いって教えてもらった。でもそれはなんでだろうと思っていた。その時聞いたのは、過去形にすると神様が慌てて着手してくれるからって言ってた。
そんなコメディちっくな話しを聞いて、なんだそりゃって思ったりしていたんだけど。

人の過去は経験を伴っている。あの時はこんな感触で、匂い、音、暗い、眩しい、それでこんな想いを感じた...その時を五感で体で心で体験済みだから、過ぎ去ってからもありありと思い出せるし、繊細に表現したり伝えたりできる。
人はそうやって今から過去にアクセスしてるけど、あの時はああだったみたいな話しを今誰かにしてるとしたら、それは自分が感じた事や体験の感想みたいなものなんだろうと思った。もしかしたら本当かどうかは別に重要じゃないのかもとも思ったり。
でも感動って経験が伴わないと伝わらなくて、人の共感能力って表面にある言葉や目に見えるものを介して、その奥にある見えないものを感じ取れる能力のことのような気がする。

話が反れたけど、前回の日記も踏まえての願い事を過去形にすると良いって話し。
特にお金の事について。実はこれって結構すぐに変化や結果が出やすいものじゃないかと思うから書くけど、別に無駄遣いをしてるでもないのにどうしてこんなにギリギリなんだろうと思うくらいに本当にお金がなかったから常にそう言っていた。
でもそれって自分でそう言ってるから、ないことを常に想像し続けてるからそうなってるのかもと思うようになった。
それでもお金がないという現実はどうにかしなければと考えていて、お金を得るには働かなくてはいけないとか、また前のようにWワークするとか...
「状況を見る→判断する」
外側のお金がないとい状況からの、仕事をしなければお金が得られないという判断で、行動しようとしてる自分がいるんだけど
じゃあお金がないことで本当は何が嫌なんだろう、困ることはなんだろうとこれを書きながら内側の心を見てみた。そこにはやっぱり不安になることや、友人と一緒に居る時に感じる申し訳なさだったりするわけで。
私はお金がないことで生じるそれらの感情に出会いたくないんだと思った。

これ以上働きたいのかという質問に対してNoなら、働くのは止めようと思った。その事でまた不安や申し訳なさが出てきたとしても、もうそれで構わなかった。
お金がないということはやめることにして、お金はあることにした。
どこを見るか。現金や通帳の上の数字だけ見ればそうかもしれない。でも今私は生きていて、美味しいものを誰かと一緒に食べることができたり、自分の体が健康であったり、不自由なことや乏しいことは少なかった。
それって私には十分にあると言っていいし、豊かさを感じられる存在なんだと思った。
あるって言いながら、でもないじゃんって声もやっぱりするけどそれも無視しないで。

その上で自分の願い事を考えたとき、今やりたいことがあって、それをやれてる時の気持ちを想像してみたり、お金のことだったらある時の安心感や使える感謝を先に感じてみたりして、それらを過去に経験したことのように表現(言葉に)してみようかと思っている。
お金がないと言ってた時と同じように。