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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

書く頻度がおちたのは、気になることが少なくなってるからだと思う。こうして書くのはやっぱり心の中のわだかまりの捌け口だったりするから。
写真を撮るのもその部類に近いかもしれない。顔が曇りそうな時は何かをして誤魔化すような、何かせずにはいられないことがよく分かってしまうような。
見たくない、見たくない、こんな気持ち感じたくない。違う事して紛らわそう。そうゆう行為は代替え。
人を好きになろうとする時さえそれがあてはまる。恋愛に成りすまして、本当は自分の埋まらない何かを埋めてもらう為のただの行為なんじゃないかって。
自然にそうなったつもりでも、与えたいより相手からもらいたくて不足を嘆くなら
自分の何かを誤魔化すために、見ない為にじっとしては居られない。依存の仕組みは恋愛もお酒も甘いものも...同じような。

わだかまりや浮かない気分を感じる場面にあったものが本当は見たくないもの。自分の中で悪いとしてるもの。
例えば誰かと比較しては自分だけが特別でありたい、そうゆうエゴとか。

小さい頃に私は自分だけ良かれのわがままを押し通そうとして、弟に意地悪したり、私のもの!と譲らなかった、頑として譲りたくなかった。叱られる度に迷惑なくらい大泣きした。誰かに優しく出来た記憶がなくて、 今でも自分の中で幼少期の私は性格の悪い事になってる。
でも悲しみだけは余すことなくめいっぱいに感じきっていて、たくさんある悲しみの中でも今日あの幼い頃の悲しい感情に帰った時、私はどこかで母を困らせる為に仕返しするようにわざと大泣きしていたのかもしれないと始めて思った。
同時に頑固に譲らないあの華麗なまでのエゴイスティックさも思い出しながら。

弟が生まれてからお姉ちゃんと呼ばれるようになり、母からの愛を独り占めできなくなった寂しさと悲しみかもしれない。
以前に母本人からも同じようなことを言われて「ごめんね」と謝られたものの、自分ではどこか他人事だった。そして心がやけに冷たかった。でもそれは認めたくなかったのかもしれない。母への怒りと憎しみが自分に湧いていた事を、許せない事を。

もういい大人。でも今もなお、人間関係の中で出てくる居心地の悪い感情と出会う時
その原因は小さい頃に言いたくても言えない思いを押し込めたからで、実は何年も何十年も繰り返し出てきていたけど、見ないようにしてきて
両親に本当の想いを伝えてないこと、小さい頃の感情に帰る、インナーチャイルド、過去を癒す、感情を感じる...ってこう言うことなんだろうか。
今からでも過去の感情にコンタクトできる。でもそうするには自分で自分の感じるものを選り好みしないことが先だった。自分のすべてを感じるって決めたら、やっぱり過去に原因があるみたいで。


父にも母にも愛されたかった。
父には愛して欲しいと言えずに、恐れを盾に気に入られる用の自分を作り出して
母にはなんで愛してくれないんだと言えずに、悲しみの剣を闇雲に振り回して気に入られない自分を隠したんじゃないかって。

ここで書いてる父や母の事を次に実家へ帰るときに伝えてみようと思う。

ベランダのつばめはせっせと巣作り進行中。
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