幸せのためのエッセイ集

幸せは見つけるもの✴︎感じるもの✴︎選ぶもの✴︎決めるもの✴︎喜びを生きる為に経験をoutput

二度と経験したくない過去があるなら

あんなこと、もうやりたくはない。あの時感じた怖い思い、もうしたくない。二度と傷付きたくない。
そんな風に思っている過去の経験から逃げるのか、それとも挑むのか。
自分の心に弱いという前提があって、強いことを良しとするから出てくる質問が、いつも何かを決めようとする時に聞こえる。
経験したくないと思ってる過去を敗北と捉えていて、それは未だに痛みに見えた。

でも、本当にそうなんだろうか?

確かに心がボロボロになったのかもしれない。涙も枯れるほどに。休まらない心と体。行き場のない想い。怯え。自信喪失。
役にもたたないようなガラクタの過去は、ダメな自分は...
でも一体誰がそう決めたんだろう。

惨めで情けない過去を今の私が眺めている。
でも今の私は過去の私より良いと言えるんだろうか。

本当は今の私も過去の私も何も違わなかった。
確かに過去の私はひどく自分を嫌っていた。だから辛かった。安らげなかった。必死だった。
死にたいほど必死に何とか生きていた。
生きていられない程に精一杯に生きていた。そんな過去のどこが駄目なんだろうか。
だから今の私と過去の私を比べることなど出来ない。どちらも貴重な体験に違わない。

過去の私は相手が私を傷付けたから、会社の状況が酷かったから、自分が何も出来ないから、自分がダメだからと、そうやって責め続けてきたけど結局誰も悪くはなかった。
状況もやってることも酷すぎたけど、誰にも悪意はなかった。ただ、うまくやりたかった。愛されたかったのかもしれない。

私はあるパターンを持っていて、それは好きな事を仕事にすると必ず辛い想いと余裕のなさが出てきて、自分にとても厳しくなる。完璧を求めて、できないことが許せなくなる。
でもそれは好きなことだからちゃんとやるという想いがあって、でもこの「ちゃんと」というのがくせ者のような気がしてる。

仕事をちゃんとやるってどうゆう事なんだろう。
それは手を抜かないってことだろうか、適当を許さないことだろうか、迷惑をかけないことだろうか、真面目にやることだろうか、真摯に取り組むことだろうか...

仕事に関して心の中に一点の曇りも許さないなら、その曇りって何だろう。
そんな風に全てをまっさらにしなくてはいけない理由って何だろう。
どうして仕事になるとそこまで許せないのだろう。

私の中には嘘も怠惰も適当も投げやりもあるから、それらを潔癖なまでに取り去ろうとするのはなぜだろう。
認めて許せた方がいいって知っているなら、その許すことは実際どのくらいできるだろう。

http://s.ameblo.jp/aiiro161true/entry-12014199868.html

私の中には憎しみも裏切りもずるさも恐れも悲しみも冷たさも苛立ちも喜びも豊かさも愛情も楽しさも優しさも閃きも嬉しさもユーモアも...全てがあるというのに。