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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

具合が悪くなってもずっと寝込むという事が
大人になってからはほとんどなかった。

トイレにも行かないくらい
ほんとに何もせず横になってた。

ずる休みするみたいに
時間をプレゼントされた感じもして少し舞い上がって

そんな何もしなくていい時間に見つけたものに
妙にのめり込んでた。



詩という表現はなんだろうと思っていて
あれが芸術と言われると私の中では
どこにも所属していない表現だと思えてしまう。

絵画のようで、
文学のようで、
心理学のようで、
答えのでない質問のようで、

雲をつかむような曖昧さなのに
この世に詩なんてものがあってもなくても
気付かなそうなのに

時間があるからか
ちょっと手に取りたくなってしまった。


詩を読むと私には現実がパタッと閉じられるような
圧倒的な夢を感じるのと同時に
人間のイマジネーションの可能性とその危うさが
同じように手に取れる場所にあって
シーソーのように
どちらかに片寄ってしまうことが怖いもの
そんな感じがする。


イェイツという詩人がいることを知って
ネットである論文に辿り着いた。
http://www.intl.hiroshima-cu.ac.jp/~hikeda/yeats.htm


私はずっと勉強が嫌いだと言ってきてる。
大学なんて所はその最たる場所だから
当然私の中では選択肢にも入ってこなかった。

長くて難しくて脱線しそうになりながら
この論文を読んだ時
人物や詩は確かに過去だけど
今生きてる人がこうして触れることで
その人を通して今に伝わるカタチになることなんだと思った。

学びは歩み寄ることなんだと。

過ぎ去ったものに対して
それは最後まで憶測でしかないけれど
今の人がどんな風に受け取るかで
色んな個性がそこで見られる感じがした。

例え批判的なカタチで表されたとしても
それも歩み寄りのひとつなんだと思う。

わざわざ取り上げるということは
無関心ではないから。


どこか面倒って思っていながらも
イェイツの詩を少し探してみようと思っていて
最近、自分の行動の決め手になるものが
ますますはっきりしなくなってきてる。

ピンと来たものも、何となくなものも
行動に繋げてしまえば同じことかもしれない。