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fantasiaの為の研究ブログ

主に心のこと、頭のこと、意識と無意識、精神的なこと…スムーズに生きる為に経験をoutput

食べないことでどこに意識がいくか

今日は22:14に新月を迎えた。
そして月のリズムに同調したかのように
多分初めて新月に生理がきた。

さっき黒豆を炒って、お茶にした。
もっと炒っとけばよかった。
今日はお茶だけ飲んでる。
いえ、黒豆もいただきました。

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空腹がないわけじゃない。
空腹を感じて不安になったりする。
空腹になることでどんなものが出てくるか。
空腹をどう捉えてるか。

食べない時間を更新したら
その時刻以降は初めて踏み込む領域。

初めて何かを「する」時に緊張が出たり
不安が出たりするものだけど
「しない」時にも同じような不安が走るって知った。

それくらい人は食べ物に依存してる。
食べ物が体を作ってるって思ってる。
それは同時に自分の体を信頼してないとも言える。

確かに食べないと力が出ないって感じるから
食べない時間を延長させようとは普通思わない。
食べることは良いことって疑いようもなく
言われ続けてきた事だから。


食べないと来るものも来ないと思ってきたし
自分が生理前に感情が不安定になるとか
食事の量が凄く増えるとかをずっと気にして
なくなってほしくて、だから
PMS(月経前症候群)なんて病気を疑って
そうやって自分を疑う事を当たり前にして
自分を信頼してないけど
それしか知らないんだと思った。

食べない時間が増えて
今まで感じて嫌っていた生理前に来る不安定と大食漢を
今回あまり感じられなかった。
あったのかもしれないけどくらいの割合で
過ぎていった感じがする。
そして生理が来る予兆も分かるようになった。

重要視してるポイントが変わってきてる。

自分の中にあってはならないものを
あってもいいと許せて
そして慣れてくるとどうでもよくなる。
しまいには気付かないほど無頓着でいるんだろう。

愛って言葉はあまり使いたがらないけど
そうゆうものなんだと思う。

Unconcerned But Not Indifferent
「無頓着、しかし無関心ではなく」

マン・レイの言葉を思い出す。


これって、人間関係にも言えること。
相手に対して嫌だと感じた所は
自分の中で排除したい所。
無頓着でいられる所は意識にも上がってこない。

自分の嫌だという意識が見せる
自分の中の許せてない部分。

言い換えるなら執着。強い意識。
するとお金にも繋がる。



食べない経験はすぐやれそうな身近さのくせして
なかなか踏み込めない領域。

でも体の変化に敏感になるかも。
でもそれを大袈裟にしないで見守る感じ。
食べないと色んなことに焦りがなくなってく。
ゆっくりになる。無理できなくなる。(←え、大丈夫?)

空腹ばかりに囚われると苦しい。
やってみるとその人なりの発見がありそうで
面白そう。

遊びでやるくらいがちょうどいい。

続けたら自分に無頓着になれそう。
無関心ではなく。

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